第百九十日目③
昼休みが終わる。
校庭には、
再び子どもたちが集まっていた。
青空は少しだけ高くなり、
秋風が万国旗を揺らしている。
「最後の競技です!」
放送が響く。
「全校リレー!」
校庭から歓声が上がった。
「みーちゃん、頑張れー!」
由美が両手を大きく振る。
みーちゃんも遠くから手を振り返した。
リツカはトラックを見つめる。
子どもたちは、
それぞれ色違いの鉢巻きを締めていた。
赤組。
白組。
どちらの顔にも、
緊張と期待が入り混じっている。
「位置について」
静寂が訪れる。
ぱん!
乾いた音とともに、
一人目が走り出した。
速い。
砂煙が舞う。
カーブを曲がり、
一直線に次の走者へ向かう。
「はいっ!」
小さな声。
バトンが渡される。
止まらない。
受け取った子どもは、
すぐに前へ走り出す。
「……」
リツカはその様子を見つめていた。
一本の小さな棒。
それを渡すだけ。
なのに、
その瞬間だけは、
全員の目がそこへ集まる。
「バトンってね」
奈緒が静かに言った。
「前の人が頑張った分を、
次の人へ渡すんだよ」
前の人。
次の人。
リツカはその言葉を繰り返した。
誰かが走る。
一人では終わらない。
必ず、
次の誰かへ託す。
その時だった。
みーちゃんの番が来る。
手を伸ばす。
前を走る子が、
懸命に腕を伸ばす。
「みーちゃん!」
「いけー!」
声援が重なる。
ぱしっ。
バトンが手に収まる。
みーちゃんは、
一度だけ強く握りしめると、
全力で駆け出した。
転ばないように。
落とさないように。
でも、
速く。
一生懸命に。
リツカは知らず知らずのうちに、
拳を握っていた。
「頑張ってください……!」
今度は、
前よりも少しだけ大きな声だった。
みーちゃんは、
最後のカーブを曲がる。
そして。
待っていた次の走者へ、
バトンを差し出す。
「お願い!」
「うん!」
小さな返事。
次の瞬間には、
もう走り出している。
バトンは止まらない。
人から人へ。
想いと一緒に、
つながっていく。
その姿を見ながら、
リツカは胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
薬師も同じだった。
師から弟子へ。
知識を伝え。
技術を伝え。
命を救う想いを伝える。
一人で抱えるものではない。
受け取り、
また誰かへ渡していく。
それが、
未来へつながる。
ゴール。
最後の走者が、
白い線を駆け抜けた。
勝敗が告げられる。
歓声。
拍手。
笑顔。
悔し涙。
どちらの組にも、
たくさんの表情があった。
けれど。
誰も、
途中でバトンを離さなかった。
最後まで、
つないだから。
リツカは大きく拍手を送る。
それは勝った組にも、
負けた組にも同じだった。
奈緒がそっと微笑む。
「どうだった?」
リツカは少し考え、
静かに答えた。
「走ることも大切ですが……」
秋空を見上げる。
「誰かへ託すことも、
同じくらい大切なのですね」
奈緒は嬉しそうに頷いた。
「うん。」
「だから、リレーは人気なんだよ。」
秋風が吹く。
万国旗が、
青空の下で大きく揺れた。
その日、
リツカの心にも、
一本の小さなバトンが手渡された気がした。




