第百九十日目④
閉会式が終わると、
校庭は少しずつ静けさを取り戻していった。
さっきまで響いていた歓声は、
笑い声へ変わっている。
子どもたちは友達と話しながら帰り支度をしていた。
万国旗は、
まだ秋風に揺れている。
「お疲れさまでした」
先生が深く頭を下げる。
大きな拍手が、
校庭いっぱいに広がった。
◇
帰り道。
夕日が町を茜色に染めていた。
電柱の影が長く伸びる。
田んぼも、
屋根も、
川の水面も、
みんな夕焼け色だった。
「疲れたぁ!」
みーちゃんが大きく伸びをする。
その首には、
参加賞の金色のメダルが揺れていた。
「今日は頑張ったね」
奈緒が頭を撫でる。
「うん!」
「転びそうになったけど、転ばなかった!」
誇らしそうに胸を張る。
由美が笑う。
「それが一番すごいよ。」
みーちゃんは照れくさそうに笑った。
少し歩いたところで、
みーちゃんが急に立ち止まる。
振り返ると、
リツカの前まで駆け寄ってきた。
「リツカさん。」
「はい。」
小さな手が、
ぎゅっとリツカの手を握る。
「応援してくれて、ありがとう。」
まっすぐな瞳だった。
「最後、聞こえたよ。」
リツカは目を丸くする。
「あの声で……」
「うん!」
「すごく力が出た!」
その笑顔は、
秋の夕日よりも眩しく見えた。
リツカは静かに微笑む。
「私は……」
少しだけ考える。
薬師として、
人を元気づける方法なら知っていた。
薬を調合し、
傷を癒やし、
病を治す。
けれど今日、
初めて知ったことがある。
言葉にも、
人を支える力がある。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
そう言うと、
みーちゃんは嬉しそうに笑い、
再び奈緒たちのところへ駆けていった。
◇
家へ帰る頃には、
空は紫色へ変わり始めていた。
縁側に腰掛ける。
虫の声が聞こえる。
昼間の賑やかさが嘘のように、
町は静かだった。
フミがお茶を運んでくる。
「今日は楽しかったかい?」
リツカは湯飲みを受け取る。
温かい湯気が立ちのぼる。
「はい。」
一言だった。
けれど、
その一言に、
今日一日の気持ちが詰まっていた。
しばらく沈黙が続く。
やがてリツカが口を開く。
「この国では……」
「みんなで喜びを分け合うのですね。」
勝った人だけではない。
最後まで走った人も。
応援した人も。
お弁当を作った人も。
みんなが笑顔だった。
「そうだねぇ。」
フミはゆっくり頷く。
「一人じゃできないことは、みんなでやる。」
「昔から、そうやって暮らしてきたんだよ。」
リツカは夕焼けが消えゆく空を見上げた。
春には桜を眺め、
夏には星を見上げ、
秋には月を眺めた。
そして今日は、
人の笑顔を見つめていた。
季節だけではない。
この町には、
人と人を結ぶ景色がある。
その景色が、
少しずつ自分の心にも根を張り始めている。
夜風がそっと頬をなでる。
どこからか、
また金木犀の香りが漂ってきた。
リツカは目を閉じ、
静かにその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
秋は、
まだ始まったばかりだった。




