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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百九十三日目

数日後。


朝の空気は、


吐く息が少し白く見えるほど冷たくなっていた。


「今日は薬局、お昼からでいいから。」


奈緒は玄関で靴を履きながら笑った。


「少し寄り道しよう。」


「寄り道ですか?」


「うん。」


「秋はね、歩かないともったいない。」


リツカは首をかしげながらも、


隣へ並んだ。



町を少し離れた遊歩道。


木々は夏の深い緑を脱ぎ、


赤や黄色の衣をまとい始めていた。


朝日を浴びるたび、


葉がきらりと光る。


「……きれいです。」


リツカは思わず立ち止まった。


風が吹く。


さらり。


一枚の葉が枝を離れた。


くるくる。


ゆっくり回りながら、


空を舞う。


そして、


足元へ。


音もなく降り積もる。


リツカは葉を拾い上げた。


赤。


縁だけが黄金色に染まっている。


一枚として、


同じ色はない。


「不思議ですね。」


「昨日まで木にあったのに。」


奈緒も一枚拾う。


「春は咲くのが楽しみで。」


「夏は大きく育つのが嬉しくて。」


「秋は……。」


少し間を置いて微笑んだ。


「散る姿まで、きれいなんだ。」


散る姿。


リツカはその言葉を繰り返す。


異世界では、


枯れることは終わりだった。


役目を終えた薬草は土へ返り、


新しい命の糧になる。


それは知っていた。


でも、


美しいと思ったことはなかった。


もう一度風が吹く。


今度は何枚もの葉が舞い上がった。


赤。


黄。


橙。


空いっぱいに色が踊る。


思わず手を伸ばく。


一枚だけ、


掌に落ちてきた。


「ようこそ。」


奈緒が笑う。


「紅葉の世界へ。」


リツカも小さく笑った。



歩いていると、


落ち葉が道いっぱいに広がる場所へ出た。


まるで、


赤と黄色の絨毯だった。


「歩いてみて。」


奈緒に促され、


リツカは一歩踏み出す。


かさっ。


乾いた音。


もう一歩。


かさ、かさ。


心地よい音が続く。


「葉っぱが歌っています。」


「うん。」


「秋の音だね。」


リツカは耳を澄ませる。


夏は蝉の声。


十五夜には鈴虫。


そして今は、


落ち葉の歌。


季節は、


目だけではなく、


耳にも届く。


その時、


前の方から元気な笑い声が聞こえた。


「リツカさーん!」


振り向くと、


みーちゃんが小さな袋を抱えて駆けてくる。


「どんぐりいっぱい拾ったよ!」


袋の中には、


丸いどんぐりや、


帽子をかぶったもの、


細長いものまで、


いろいろな木の実が詰まっていた。


「見て!」


「こっちは帽子付き!」


「これは双子!」


宝物を見せるような笑顔だった。


リツカは一つ手に取る。


小さな実。


けれど、


その中には、


未来の大きな木が眠っている。


「小さいのに……。」


「すごいですね。」


みーちゃんは大きく頷いた。


「秋は宝物がいっぱいなんだよ!」


その一言に、


リツカは辺りを見回した。


赤い葉。


黄色い葉。


どんぐり。


澄んだ空。


冷たい風。


確かに、


秋は宝物であふれていた。


リツカはそっと、


赤い葉を本の栞に挟んだ。


今年の秋を、


忘れないように。

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