第百九十三日目
数日後。
朝の空気は、
吐く息が少し白く見えるほど冷たくなっていた。
「今日は薬局、お昼からでいいから。」
奈緒は玄関で靴を履きながら笑った。
「少し寄り道しよう。」
「寄り道ですか?」
「うん。」
「秋はね、歩かないともったいない。」
リツカは首をかしげながらも、
隣へ並んだ。
◇
町を少し離れた遊歩道。
木々は夏の深い緑を脱ぎ、
赤や黄色の衣をまとい始めていた。
朝日を浴びるたび、
葉がきらりと光る。
「……きれいです。」
リツカは思わず立ち止まった。
風が吹く。
さらり。
一枚の葉が枝を離れた。
くるくる。
ゆっくり回りながら、
空を舞う。
そして、
足元へ。
音もなく降り積もる。
リツカは葉を拾い上げた。
赤。
縁だけが黄金色に染まっている。
一枚として、
同じ色はない。
「不思議ですね。」
「昨日まで木にあったのに。」
奈緒も一枚拾う。
「春は咲くのが楽しみで。」
「夏は大きく育つのが嬉しくて。」
「秋は……。」
少し間を置いて微笑んだ。
「散る姿まで、きれいなんだ。」
散る姿。
リツカはその言葉を繰り返す。
異世界では、
枯れることは終わりだった。
役目を終えた薬草は土へ返り、
新しい命の糧になる。
それは知っていた。
でも、
美しいと思ったことはなかった。
もう一度風が吹く。
今度は何枚もの葉が舞い上がった。
赤。
黄。
橙。
空いっぱいに色が踊る。
思わず手を伸ばく。
一枚だけ、
掌に落ちてきた。
「ようこそ。」
奈緒が笑う。
「紅葉の世界へ。」
リツカも小さく笑った。
◇
歩いていると、
落ち葉が道いっぱいに広がる場所へ出た。
まるで、
赤と黄色の絨毯だった。
「歩いてみて。」
奈緒に促され、
リツカは一歩踏み出す。
かさっ。
乾いた音。
もう一歩。
かさ、かさ。
心地よい音が続く。
「葉っぱが歌っています。」
「うん。」
「秋の音だね。」
リツカは耳を澄ませる。
夏は蝉の声。
十五夜には鈴虫。
そして今は、
落ち葉の歌。
季節は、
目だけではなく、
耳にも届く。
その時、
前の方から元気な笑い声が聞こえた。
「リツカさーん!」
振り向くと、
みーちゃんが小さな袋を抱えて駆けてくる。
「どんぐりいっぱい拾ったよ!」
袋の中には、
丸いどんぐりや、
帽子をかぶったもの、
細長いものまで、
いろいろな木の実が詰まっていた。
「見て!」
「こっちは帽子付き!」
「これは双子!」
宝物を見せるような笑顔だった。
リツカは一つ手に取る。
小さな実。
けれど、
その中には、
未来の大きな木が眠っている。
「小さいのに……。」
「すごいですね。」
みーちゃんは大きく頷いた。
「秋は宝物がいっぱいなんだよ!」
その一言に、
リツカは辺りを見回した。
赤い葉。
黄色い葉。
どんぐり。
澄んだ空。
冷たい風。
確かに、
秋は宝物であふれていた。
リツカはそっと、
赤い葉を本の栞に挟んだ。
今年の秋を、
忘れないように。




