第百八十六日
翌朝。
空は高く、
雲はゆっくりと流れていた。
朝露に濡れた庭は、
きらきらと光っている。
リツカは縁側でお茶を飲んでいた。
その時。
「リツカー」
奈緒が庭へ出てくる。
手には竹籠を持っていた。
「今日は庭仕事」
「薬草ですか」
「今日は違うよ」
奈緒は庭の奥を指差した。
柿の木だった。
昨日見た実が、
朝日に照らされている。
橙色が増えていた。
「採ってみよう」
◇
脚立を立てる。
奈緒が登る。
リツカは下で籠を持つ。
「これくらいの色が食べ頃」
一つ。
また一つ。
柿が籠へ入っていく。
ころん。
ころん。
優しい音だった。
「意外と重いですね」
「水分がいっぱいだからね」
しばらくすると、
ハクが庭へやって来た。
柿を見上げる。
落ちてこないか待っているらしい。
「ハク」
奈緒が笑う。
「それは食べないよ」
わふ。
少し残念そうだった。
◇
柿を採り終えると、
フミが縁側へ新聞紙を広げた。
「並べようかねぇ」
橙色の柿が、
一つずつ並んでいく。
秋の色だった。
リツカは一つ手に取る。
表面はつるりとしている。
桃とは違う。
栗とも違う。
秋にも、
いろいろな実りがある。
「食べてみる?」
奈緒が一つ剥いてくれる。
包丁がするすると皮をむく。
果肉は夕焼けのような色だった。
一口。
しゃく。
優しい甘さ。
桃ほど華やかではない。
けれど、
穏やかな甘さが口いっぱいに広がる。
「どう?」
「秋の味です」
奈緒は笑う。
「最近、それが分かるようになったね」
リツカも少し笑う。
春には春の味。
夏には夏の味。
そして、
秋には秋の味。
季節は、
景色だけではなく、
食卓にも訪れる。
◇
午後。
薬局へ向かう途中、
風が吹いた。
からり。
柿の葉が一枚、
リツカの肩へ落ちる。
赤く色づき始めた葉だった。
リツカは手のひらへ乗せる。
葉脈がはっきり見える。
薬草を見る時と同じように、
じっと観察する。
「綺麗ですね」
奈緒も葉を見る。
「秋は色が変わる季節だからね」
「色が……」
リツカは空を見上げた。
青い空。
黄金色の田んぼ。
橙色の柿。
赤く染まり始めた葉。
この世界は、
季節が変わるたびに、
違う色を見せてくれる。
異世界にも四季はあった。
けれど。
薬師だった自分は、
薬草の色しか見ていなかったのかもしれない。
今は違う。
季節そのものを見ている。
そんな自分に、
少しだけ驚いていた。
その日の夜。
縁側でお茶を飲んでいると、
フミが空を見上げて言った。
「もうすぐ十五夜だねぇ」
リツカも空を見上げる。
月はまだ丸くない。
けれど、
少しずつ満ちていた。
「十五夜……」
また一つ、
新しい季節の行事が始まろうとしていた。




