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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百八十六日

翌朝。


空は高く、


雲はゆっくりと流れていた。


朝露に濡れた庭は、


きらきらと光っている。


リツカは縁側でお茶を飲んでいた。


その時。


「リツカー」


奈緒が庭へ出てくる。


手には竹籠を持っていた。


「今日は庭仕事」


「薬草ですか」


「今日は違うよ」


奈緒は庭の奥を指差した。


柿の木だった。


昨日見た実が、


朝日に照らされている。


橙色が増えていた。


「採ってみよう」



脚立を立てる。


奈緒が登る。


リツカは下で籠を持つ。


「これくらいの色が食べ頃」


一つ。


また一つ。


柿が籠へ入っていく。


ころん。


ころん。


優しい音だった。


「意外と重いですね」


「水分がいっぱいだからね」


しばらくすると、


ハクが庭へやって来た。


柿を見上げる。


落ちてこないか待っているらしい。


「ハク」


奈緒が笑う。


「それは食べないよ」


わふ。


少し残念そうだった。



柿を採り終えると、


フミが縁側へ新聞紙を広げた。


「並べようかねぇ」


橙色の柿が、


一つずつ並んでいく。


秋の色だった。


リツカは一つ手に取る。


表面はつるりとしている。


桃とは違う。


栗とも違う。


秋にも、


いろいろな実りがある。


「食べてみる?」


奈緒が一つ剥いてくれる。


包丁がするすると皮をむく。


果肉は夕焼けのような色だった。


一口。


しゃく。


優しい甘さ。


桃ほど華やかではない。


けれど、


穏やかな甘さが口いっぱいに広がる。


「どう?」


「秋の味です」


奈緒は笑う。


「最近、それが分かるようになったね」


リツカも少し笑う。


春には春の味。


夏には夏の味。


そして、


秋には秋の味。


季節は、


景色だけではなく、


食卓にも訪れる。



午後。


薬局へ向かう途中、


風が吹いた。


からり。


柿の葉が一枚、


リツカの肩へ落ちる。


赤く色づき始めた葉だった。


リツカは手のひらへ乗せる。


葉脈がはっきり見える。


薬草を見る時と同じように、


じっと観察する。


「綺麗ですね」


奈緒も葉を見る。


「秋は色が変わる季節だからね」


「色が……」


リツカは空を見上げた。


青い空。


黄金色の田んぼ。


橙色の柿。


赤く染まり始めた葉。


この世界は、


季節が変わるたびに、


違う色を見せてくれる。


異世界にも四季はあった。


けれど。


薬師だった自分は、


薬草の色しか見ていなかったのかもしれない。


今は違う。


季節そのものを見ている。


そんな自分に、


少しだけ驚いていた。


その日の夜。


縁側でお茶を飲んでいると、


フミが空を見上げて言った。


「もうすぐ十五夜だねぇ」


リツカも空を見上げる。


月はまだ丸くない。


けれど、


少しずつ満ちていた。


「十五夜……」


また一つ、


新しい季節の行事が始まろうとしていた。

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