第百八十五日
稲刈りから数日後。
薬局への道を歩いていると、
リツカはふと足を止めた。
「奈緒さん」
「ん?」
「あれは」
道沿いの庭先。
一本の木が立っていた。
青々としていた葉の間に、
丸い実がいくつも揺れている。
まだ少し緑色。
けれど、
ところどころ橙色に染まり始めていた。
「柿だよ」
奈緒が答える。
「食べられるのですか」
「もちろん」
「でも、まだかな」
「もう少し待つんだよ」
リツカは木を見上げる。
この国の季節は、
急がない。
桃は甘くなるまで待ち。
栗は実るまで待ち。
朝顔は種になるまで待つ。
そして柿も、
色づくまで待つ。
待つことも、
暮らしの一部なのだと少し分かってきた。
薬局の仕事を終え、
帰り道。
同じ柿の木の前を通る。
庭で箒を掃いていたおじいさんが、
二人に気付いた。
「奈緒ちゃん」
「こんにちは」
「今年は甘くなりそうだよ」
そう言って、
木を見上げる。
その顔は、
どこか誇らしげだった。
「楽しみですね」
リツカが言うと、
おじいさんは嬉しそうに笑った。
「食べ頃になったら持っていきな」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
帰り道。
風が吹いた。
からり。
一枚の葉が舞い落ちる。
リツカは手のひらで受け止めた。
黄色く色づき始めた葉。
夏なら青かった。
でも今は違う。
終わりではない。
季節が、
ちゃんと次へ進んでいる証だった。
家へ帰ると、
縁側ではハクが丸くなって眠っていた。
真夏には、
日陰ばかり探していたのに。
今日は陽だまりで眠っている。
「ハクも秋を知ってるのかな」
奈緒が小さく笑う。
リツカも眠るハクを見る。
動物も。
木も。
風も。
みんな季節を知っている。
この世界は、
季節と一緒に生きているのだ。
その日の夕食。
食卓には秋刀魚が並んでいた。
細長い銀色の魚。
「今日は秋刀魚だよ」
奈緒が嬉しそうに言う。
また、
秋の味に出会う日が来たらしい。
リツカは静かに箸を持った。
秋はまだ始まったばかりだった。




