第百八十日目
朝。
車で向かう道の途中。
窓の外は、もう一面の金色だった。
「すごい……」
リツカは思わず呟く。
田んぼ一面が、
光を含んで揺れている。
夏の緑とは違う。
成熟した色だった。
「これが稲刈り前の景色だよ」
奈緒が言う。
風が吹く。
ざわり。
稲が波のように揺れた。
まるで海だった。
黄金色の海。
リツカは見とれていた。
異世界でも作物は見てきた。
けれど。
ここまで静かで、
ここまで美しい実りは知らなかった。
車を止める。
外へ出ると、
空気が少し乾いている。
夏の湿り気はもう薄い。
「おーい!」
声がする。
由美だった。
すでに鎌を持っている。
気合いが違う。
その隣で、
みーちゃんも手袋をしている。
「今日は本番!」
誇らしげだった。
リツカは道具を受け取る。
鎌。
少し重い。
「使い方、分かる?」
奈緒が聞く。
「いいえ」
即答だった。
「だよね」
少し笑われる。
教えてもらう。
茎の下を持つ。
一気に刈る。
ざく。
音が思ったより気持ち良かった。
もう一度。
ざく。
稲が倒れていく。
それが少し楽しくなる。
リツカは気付く。
これは薬草採取に似ている。
必要なものを見極めて、
正しく取る。
ただそれだけ。
でも。
違うのは。
ここには「喜び」があることだった。
収穫するたびに、
誰かが笑う。
「上手じゃん!」
由美が叫ぶ。
「ほんとに初めて?」
「初めてです」
「うそでしょ」
疑われた。
少し嬉しかった。
時間が過ぎる。
稲は少しずつ刈られていく。
束になり、
積まれていく。
風が吹く。
汗が乾く。
空は高い。
昼前。
一度休憩になる。
木陰へ座る。
水筒の水が冷たい。
「どう?」
奈緒が聞く。
リツカは少し考える。
「生きている感じがします」
奈緒は一瞬黙る。
そして笑う。
「いいね、それ」
稲は刈られる。
けれど終わりではない。
次のための準備だった。
朝顔の種のように。
栗の実のように。
すべてが繋がっている。
そのことが、
少しずつ分かってきた。
午後。
作業は終わる。
田んぼには、
刈り取られた跡が残る。
けれど寂しさはない。
むしろ満ちている。
奈緒が空を見上げる。
「秋だね」
リツカも空を見る。
高い。
とても。
夏よりも、
ずっと。
そして思う。
夏は終わった。
でも。
失われたわけではない。
すべてが今の景色につながっている。
黄金の海の中で、
風が静かに流れていた。




