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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百七十五日目②

山から帰るころには、


かごの中は栗でいっぱいになっていた。


ずしりと重い。


けれど。


嫌な重さではなかった。


「今日はごちそうだねぇ」


フミが嬉しそうに言う。


家に戻ると、


台所はすぐに動き出した。


栗を洗う音。


包丁の音。


湯気の立つ鍋。


リツカは少し離れた場所で見ていた。


「これはどうするのですか」


「茹でてからねぇ」


フミは慣れた手つきで答える。


栗は鍋の中で静かに揺れていた。


ことこと。


小さな音。


その間、


窓から風が入る。


夏より軽い風だった。


夕方。


台所から甘い匂いが広がる。


「できたよ」


奈緒が茶碗を並べる。


湯気が立ち上る。


白いご飯の中に、


栗の黄色が混ざっていた。


それだけなのに、


とても特別に見えた。


リツカは茶碗を手に取る。


温かい。


湯気が顔に当たる。


「いただきます」


一口食べる。


ほくり。


柔らかい。


甘い。


スイカとも違う。


桃とも違う。


でも。


どこか懐かしい味だった。


「どう?」


奈緒が聞く。


リツカは少し考えてから言う。


「静かな味です」


フミが笑う。


「いいねぇ」


「秋の味だよぉ」


秋の味。


その言葉を繰り返す。


静か。


確かにそうだった。


夏のような派手さはない。


けれど。


じんわりと残る。


優しい味だった。


外では虫の声が聞こえる。


夏の蝉ではない。


少し低い声。


遠くで鳴いている。


窓を開けると、


風が入ってくる。


涼しい。


もう扇風機はいらないかもしれない。


そんなことを思った。


食べ終わる頃。


奈緒が茶を出す。


「来週さ」


「はい」


「稲刈り手伝う?」


また知らない言葉だった。


だが。


もう驚かない。


この世界は、


知らないことだらけだ。


けれど。


それが少し楽しくなっていた。


リツカは小さく頷く。


「行きます」


奈緒は少しだけ嬉しそうに笑う。


窓の外。


空は少し高くなっていた。


夕焼けが静かに広がる。


夏はもう遠い。


でも消えたわけではない。


ひまわりの記憶も、


風鈴の音も、


まだ胸のどこかに残っている。


そしてその上に、


新しい季節が重なっていく。


栗ご飯の湯気のように。


ゆっくりと。


静かに。

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