第百六十五日目
迎え火の翌日。
日が暮れる頃。
奈緒が言った。
「少し出掛けようか」
外へ出る。
空にはまだ薄く青色が残っていた。
けれど。
町には提灯の灯りがともり始めている。
赤い灯り。
黄色い灯り。
柔らかな光だった。
神社へ向かう道を歩く。
浴衣姿の人もいる。
家族連れもいる。
皆どこか穏やかだった。
お盆だからだろうか。
急いでいる人が少ない。
それだけで、
いつもと違う夜に感じた。
神社へ着く。
石段の上には提灯が並んでいた。
風が吹く。
灯りが揺れる。
まるで星が降りてきたようだった。
「綺麗です」
自然と声が漏れる。
奈緒が微笑んだ。
「だね」
境内には小さな夜店が並んでいる。
綿菓子。
ラムネ。
冷やしきゅうり。
ヨーヨー釣り。
射的。
どれも夏祭りより小さい。
けれど。
その分だけ近かった。
店の人と客が話している。
笑い声が聞こえる。
町のみんなが集まっている感じだった。
その時。
「リツカー!」
みーちゃんだった。
走ってくる。
元気だった。
相変わらず。
「見て!」
腕を差し出す。
ヨーヨーだった。
青色。
水の玉みたいだった。
「取れたのですか」
「二個取れた!」
誇らしそうだった。
すごいことらしい。
その後ろから、
以前公園で出会った男の子もやって来た。
元気そうだった。
顔色も良い。
「こんばんは」
少し照れながら挨拶する。
「こんばんは」
リツカも返す。
男の子のお母さんも頭を下げた。
「この前はありがとうございました」
リツカは少し困る。
感謝されるのは慣れていない。
薬師として当然のことをしただけだった。
「元気そうで良かったです」
それだけ言う。
男の子は笑った。
その笑顔を見て、
リツカも少し安心した。
しばらく歩く。
夜店の灯りが揺れる。
風が気持ち良い。
すると。
境内の端で、
一人のおばあさんが団扇を並べていた。
手描きだった。
朝顔。
金魚。
花火。
ひまわり。
どれも優しい絵だった。
「好きなの持っていきな」
おばあさんが言う。
リツカは団扇を見る。
その中に。
ひまわりがあった。
黄色い花。
夏の空。
麦わら帽子。
あの日の景色が蘇る。
自然と手が伸びた。
「これにします」
おばあさんが頷く。
「いい花だねぇ」
「太陽みたいだから」
リツカは団扇を受け取る。
ぱた。
風を送る。
少し涼しい。
不思議と嬉しかった。
その後。
石段へ腰掛ける。
神社の高い場所から、
町が見えた。
提灯の灯り。
家々の明かり。
人々の声。
遠くで鳴く虫の音。
夏の夜だった。
静かで。
温かい。
奈緒が隣へ座る。
「どう?」
リツカは町を見つめる。
派手な祭りも好きだった。
花火も綺麗だった。
けれど。
こういう夜も好きだと思った。
「落ち着きます」
奈緒が笑う。
「私も」
二人でしばらく黙っていた。
沈黙は苦ではなかった。
むしろ心地良い。
夜風が吹く。
ひまわりの団扇が揺れる。
提灯も揺れる。
その時。
どこからか。
ツクツクボウシの声が聞こえた。
リツカは顔を上げる。
初めて聞く蝉の声だった。
夏が少し変わった気がした。
気付かないうちに。
少しずつ。
本当に少しずつ。
季節は次へ進み始めていた。




