第百六十二日目②
夏市の帰り道。
午後の日差しは少し傾いていた。
けれど。
まだ暑い。
十分に暑い。
「休憩しようかねぇ」
フミが言った。
誰も反対しなかった。
特に由美は即座に賛成した。
暑さに弱かった。
商店街の端。
少し古い木造の店があった。
暖簾が揺れている。
店先には風鈴。
ちりん。
優しい音だった。
「こんにちはー」
フミが声を掛ける。
奥から、
白髪のおばあちゃんが現れた。
「いらっしゃい」
穏やかな笑顔だった。
長い時間を生きてきた人の顔だった。
「相変わらず元気そうだねぇ」
「フミちゃんもねぇ」
二人は楽しそうに笑う。
昔からの知り合いらしかった。
店の中へ入る。
木の机。
木の椅子。
古い柱。
どこか懐かしい空気だった。
その時。
由美が元気よく言った。
「かき氷!」
待っていましたと言わんばかりだった。
おばあちゃんが笑う。
「今日は暑いからねぇ」
メニューが置かれる。
リツカは見る。
いちご。
レモン。
メロン。
宇治金時。
分からない言葉が混ざっていた。
「宇治金時とは何ですか」
奈緒が少し考える。
「大人のかき氷」
説明になっていなかった。
しばらくして。
運ばれてくる。
リツカの前に置かれたのは宇治金時。
思わず見つめる。
山だった。
白い氷の山。
その上に緑色。
さらに小豆。
不思議な見た目だった。
「溶ける前に食べて」
奈緒が言う。
リツカは匙を持つ。
一口。
しゃり。
冷たい。
とても。
頭が驚く。
口の中に涼しさが広がる。
そして。
抹茶の香り。
ほんのり苦い。
その後に甘さが来る。
さらに小豆。
優しい甘さだった。
リツカは目を瞬かせる。
「美味しいです」
奈緒が笑う。
「でしょ」
由美はすでに半分食べていた。
早かった。
異常に。
店の外では蝉が鳴いている。
みんみんみん。
風鈴が鳴る。
ちりん。
氷を削る音が聞こえる。
しゃっ。
しゃっ。
夏の音だった。
リツカはもう一口食べる。
冷たい。
けれど。
不思議と心地良い。
その時。
店の壁に飾られた写真が目に入った。
昔の商店街。
祭りの写真。
運動会。
たくさんの人々。
笑顔ばかりだった。
「昔の写真ですか」
おばあちゃんが頷く。
「そうだよ」
「この町もずいぶん変わったからねぇ」
写真を見る。
何十年も前の景色。
今とは違う。
けれど。
笑っている人たちは同じだった。
リツカは思う。
町も変わる。
人も変わる。
季節も変わる。
でも。
変わらないものもある。
きっと。
こうして誰かと笑う時間は、
昔も今も同じなのだろう。
かき氷を食べ終える頃。
外から風が吹いた。
風鈴が鳴る。
ちりん。
その音に、
店のみんなが少しだけ空を見上げた。
夏の青空が広がっている。
そして遠くには、
大きな入道雲が見えた。
奈緒がぽつりと言う。
「もうすぐお盆だね」
フミが頷く。
由美も少し静かになる。
リツカだけが首を傾げた。
また知らない言葉だった。
「お盆とは何ですか」
フミは優しく微笑む。
「大切な人が帰ってくる日だよぉ」
リツカはその言葉を、
しばらく胸の中で繰り返していた。




