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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百六十二日目

数日後。


商店街では夏市が開かれていた。


道の両側に露店が並ぶ。


焼きとうもろこし。


かき氷。


金魚すくい。


色とりどりの提灯。


夏の匂いが溢れていた。


「今日は買い物」


奈緒が言う。


「何を買うのですか」


「風鈴」


風鈴。


リツカは家の縁側を思い出す。


風が吹くたびに鳴る音。


ちりん。


ちりん。


いつの間にか好きになっていた。


「割れちゃったんだよね」


奈緒が苦笑する。


「先日の強風で」


なるほど。


だから新しいものを探しているらしい。


商店街を歩く。


子どもたちの笑い声。


遠くから聞こえる祭囃子。


風に流れる焼きそばの香り。


賑やかだった。


その時。


ちりん。


涼しい音が聞こえた。


見る。


風鈴屋だった。


店先に無数の風鈴が吊るされている。


ガラス。


陶器。


金属。


様々な形。


様々な色。


風が吹くたび、


違う音を奏でる。


リツカは立ち止まった。


思わず。


見入ってしまう。


「綺麗」


小さく呟く。


奈緒が笑った。


「好きそうだと思った」


店の中へ入る。


風鈴たちが揺れている。


まるで音の花畑だった。


リツカは一つひとつ見ていく。


青い風鈴。


透明な風鈴。


朝顔の絵が描かれた風鈴。


金魚の風鈴。


ひまわりの風鈴もあった。


その時。


一つの風鈴が目に留まる。


透明なガラス。


飾り気は少ない。


けれど。


中に小さな星が描かれていた。


夜空のようだった。


リツカはそっと触れる。


ちりん。


澄んだ音。


静かだった。


優しかった。


七夕の夜。


線香花火。


星空。


そんな景色を思い出す音だった。


「それ好き?」


奈緒が聞く。


リツカは頷く。


「落ち着きます」


奈緒も音を聞く。


ちりん。


風が吹く。


再び音が鳴る。


奈緒は微笑んだ。


「じゃあそれにしよう」


「家の風鈴ですよね」


「うん」


「私が選んでいいのですか」


奈緒は少し驚いた顔をした。


そして。


優しく笑う。


「もちろん」


その言葉に。


リツカは少しだけ胸が温かくなった。


帰り道。


紙袋の中には新しい風鈴。


ハクは暑さでぐったりしている。


由美はかき氷を食べている。


フミはみんなを見て笑っている。


いつもの帰り道だった。


けれど。


少し違う。


新しい風鈴は、


自分が選んだものだった。


家に着く。


縁側へ吊るす。


夕方の風が吹く。


ちりん。


透明な音が響く。


皆が見上げる。


静かな時間。


リツカは風鈴を見つめる。


いつかこの夏が終わっても。


この音を聞けば、


今日のことを思い出せる気がした。


ひまわり畑。


雨上がりの虹。


線香花火。


桃の香り。


麦わら帽子。


そして。


この家の人たち。


風鈴は夕暮れの風に揺れた。


ちりん。


その音は、


まるで夏が笑ったように聞こえた。

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