第百六十五日目②
ひまわり畑から帰った日の夕方。
空の色が変わり始めていた。
昼間の青空は消え、
遠くの山の向こうに灰色の雲が集まっている。
リツカは縁側に座っていた。
麦わら帽子は隣に置いてある。
帽子に挿したひまわりは、
空き瓶に移されていた。
小さな花だった。
けれど。
部屋の中が少し明るくなった気がした。
ごろごろ。
遠くで音が鳴る。
雷だった。
リツカは空を見上げる。
「嵐ですか」
「夕立」
奈緒が麦茶を持ってくる。
縁側へ腰掛ける。
「すぐ終わるよ」
本当だろうか。
空はかなり暗い。
その時。
風が吹いた。
昼間とは違う。
少し冷たい風。
木々が揺れる。
風鈴が鳴る。
ちりん。
ちりん。
そして。
ぽつ。
雨だった。
ぽつ。
ぽつぽつ。
やがて。
ざあああああ。
一気に降り始める。
庭が白く煙る。
屋根を叩く音。
葉を打つ音。
地面を濡らす音。
世界が雨の音で満たされた。
リツカは見入る。
激しい。
けれど。
不思議と怖くなかった。
その時。
ふわり。
何かの匂いがした。
土。
草。
木。
全部が混ざったような匂い。
リツカは鼻を少し動かす。
「奈緒さん」
「ん?」
「雨の匂いがします」
奈緒が笑った。
「するね」
「雨そのものに匂いがあるのですか」
少し考えてから答える。
「土の匂いかな」
なるほど。
雨が土を濡らす。
だから匂う。
理屈は分かった。
けれど。
理屈だけでは説明できない気がした。
その匂いは、
どこか懐かしかった。
初めて嗅ぐはずなのに。
不思議だった。
しばらく二人で雨を見る。
言葉はない。
ただ雨音だけが続く。
その時。
わふ。
足元にハクが来た。
縁側へ飛び乗る。
雨を見つめる。
しばらく見つめる。
そして。
飽きた。
奈緒の足元で丸くなる。
早かった。
「ハクらしいですね」
「うん」
奈緒が笑う。
リツカも少し笑う。
ごろごろ。
再び雷が鳴る。
けれど。
今度は遠かった。
雨も少し弱くなる。
ざあああ。
さらさら。
しとしと。
音が変わっていく。
やがて。
雲の隙間から光が差した。
雨上がりだった。
庭の葉には水滴。
木々は輝いている。
そして。
「あ」
奈緒が空を指差した。
リツカも見る。
東の空。
淡い光の橋。
七色だった。
虹。
言葉は知っていた。
けれど。
本物を見るのは初めてだった。
大きい。
とても。
空を横切っている。
ひまわり畑とは違う。
花火とも違う。
一瞬だけ現れる景色。
しばらくして。
虹は少しずつ薄くなる。
消えていく。
リツカは見送った。
線香花火を思い出した。
虹も同じだった。
ずっとは残らない。
だから綺麗なのかもしれない。
風が吹く。
雨上がりの匂いがする。
部屋の中では、
空き瓶のひまわりが夕日に照らされていた。
その小さな花は、
まるで今日の思い出を閉じ込めているようだった。




