第百五十八日
翌朝。
まだ暗かった。
本当に。
少しだけ夜が残っている。
とんとん。
部屋の扉が叩かれる。
「リツカー」
奈緒だった。
眠い。
とても。
「起きてる?」
起きていなかった。
だが。
返事をする前に扉が開く。
「起きてないね」
「はい」
起きた。
奈緒は満足そうに頷く。
「着替えて」
「何かありましたか」
「ラジオ体操」
昨日聞いた言葉だった。
結局説明はなかった。
理不尽だった。
外へ出る。
空は薄い青色。
朝の空気は涼しかった。
蝉もまだ本気ではない。
少し静かだった。
公園へ向かう。
すると。
人がいた。
子ども。
保護者。
お年寄り。
たくさんいた。
みーちゃんもいる。
元気だった。
朝なのに。
理解できなかった。
「おはよー!」
走ってくる。
なぜそんなに元気なのだろう。
永遠の謎だった。
その時。
公園のスピーカーから音楽が流れた。
ちゃーん。
ちゃちゃちゃーん。
聞いたことのない曲。
だが。
周囲の人々が動き始めた。
一斉に。
まるで訓練だった。
リツカは固まる。
「何ですか」
「ラジオ体操」
奈緒は当然のように言う。
答えになっていなかった。
音楽が流れる。
腕を上げる。
伸ばす。
曲げる。
回す。
みんな同じ動きだった。
子どもも。
大人も。
お年寄りも。
同じだった。
リツカは周囲を観察する。
真似をする。
腕を上げる。
伸ばす。
意外だった。
気持ち良い。
朝の空気が肺へ入る。
身体が目を覚ましていく。
その時。
横を見る。
ハクがいた。
当然のようにいた。
そして。
前足を伸ばしている。
偶然だった。
しかし。
体操しているように見えた。
みーちゃんが笑う。
「ハクもやってる!」
わふ。
本人にそのつもりはない。
たぶん。
体操は続く。
身体をひねる。
腕を回す。
深呼吸。
やがて。
音楽が終わった。
静寂。
そして拍手。
子どもたちが列を作る。
何かが配られている。
リツカは首を傾げる。
「何ですか」
「カード」
みーちゃんが見せてくれる。
スタンプが押されていた。
「来た証拠!」
誇らしそうだった。
なるほど。
集めるらしい。
そういう楽しみもあるのか。
帰り道。
朝日が昇り始める。
田んぼの水が光る。
風が吹く。
気持ち良かった。
奈緒が歩きながら聞く。
「どうだった?」
リツカは少し考える。
知らない文化だった。
最初は意味も分からなかった。
けれど。
「良いと思います」
奈緒が笑う。
「気に入った?」
「はい」
朝から身体を動かす。
皆で集まる。
少し話す。
笑う。
たったそれだけ。
でも。
そういう時間が、
この町にはたくさんある。
薬ではない。
魔法でもない。
けれど。
人を元気にする何かだった。
家へ戻ると、
フミが朝食を用意していた。
「おかえりぃ」
食卓には。
焼き魚。
味噌汁。
そして。
大きな黄色い果物。
リツカは見たことがなかった。
「これは?」
奈緒が答える。
「スイカの次はね」
「桃だよ」
また夏の味覚が増えるらしい。




