第百五十七日②
「自由研究しよう」
由美がそう言った瞬間。
みーちゃんが飛び上がった。
「やるー!」
なぜ喜ぶのか。
リツカには分からなかった。
「自由研究って何ですか」
当然の疑問だった。
奈緒が麦茶を飲みながら答える。
「夏休みの宿題」
「宿題」
理解した。
理解した上で、
さらに分からなくなった。
「なぜ喜んでいるのですか」
みーちゃんはきょとんとする。
「楽しいから!」
宿題なのに。
不思議だった。
由美が画用紙を広げる。
「好きなことを調べたり」
「作ったり」
「観察したり」
「何でもいいんだよ」
何でも。
その言葉に、
リツカは少し興味を持った。
好きなことを調べる。
それは悪くない。
薬師も似たようなものだった。
その時。
みーちゃんが言う。
「何にしようかなぁ」
悩んでいるらしい。
昆虫。
花。
星。
色々候補が出てくる。
すると。
由美がぱっと顔を上げた。
「リツカ先生」
嫌な予感がした。
「薬草教室やって」
予感は当たった。
午後。
縁側には子どもたちが集まっていた。
みーちゃん。
近所の友達。
以前、公園で具合の悪さに気付いた男の子もいる。
みんな興味津々だった。
リツカは少し困っていた。
薬師として教えることはできる。
だが。
先生ではない。
「まず」
全員が静かになる。
思ったより真面目だった。
「これはミントです」
葉を見せる。
子どもたちが覗き込む。
「いい匂い!」
「ほんとだ!」
笑顔になる。
リツカも少し嬉しかった。
「植物にはそれぞれ特徴があります」
「葉の形」
「匂い」
「色」
「育つ場所」
子どもたちは一生懸命聞いている。
みーちゃんはメモまで取っていた。
意外だった。
その時。
男の子が手を挙げる。
「あのね」
「はい」
「薬って全部苦いの?」
沈黙。
難しい質問だった。
「全部ではありません」
「甘いのもあります」
「へぇー!」
みんな驚く。
その反応がおかしくて、
リツカは少しだけ笑った。
薬の話を、
こんなに楽しくしたことはなかった。
異世界でも。
こちらの世界でも。
初めてだった。
それからしばらくして。
みーちゃんが庭の隅で叫んだ。
「あった!」
何か見つけたらしい。
駆け寄る。
そこには。
小さな朝顔。
青い花が咲いていた。
みーちゃんは目を輝かせる。
「これにする!」
「朝顔?」
「うん!」
「観察日記!」
なるほど。
毎日観察するらしい。
それも研究だった。
リツカは花を見る。
小さな花。
けれど。
毎日見れば、
新しい発見があるのだろう。
薬草と同じだった。
その時。
わふ!
ハクが庭を駆け抜けた。
口に何か咥えている。
画用紙だった。
「あー!」
みーちゃんが叫ぶ。
ハクは逃げる。
追いかける子どもたち。
笑い声。
走る足音。
夏の庭は賑やかだった。
リツカはその光景を見ながら、
静かに思う。
研究とは、
知らないことを知るためのもの。
それなら。
自分も毎日、
自由研究をしているのかもしれない。
日本という国を。
季節を。
人を。
少しずつ知っていく。
終わりのない研究だった。
そして。
その日の夕方。
みーちゃんが嬉しそうに言った。
「明日ラジオ体操だよ!」
リツカは首を傾げる。
また知らない言葉だった。
夏は本当に忙しい。




