第百五十六日目③
スイカを食べ終えた頃。
空は茜色になっていた。
昼の暑さも少しだけ和らいでいる。
庭を吹く風が心地良かった。
「今日はよく遊んだねぇ」
フミが笑う。
由美は縁側に寝転がっていた。
「もう動けない」
「そうめん食べすぎ」
奈緒が即答する。
事実だった。
そのやり取りを聞きながら、
リツカは麦茶を飲む。
冷たい。
美味しい。
夏は暑い。
けれど。
悪くないと思い始めていた。
その時。
奈緒が立ち上がる。
「そうだ」
押し入れへ向かう。
しばらくして。
小さな箱を持って戻ってきた。
「まだあるのですか」
「あるよ」
奈緒は少し得意そうだった。
箱を開く。
中には細い棒。
何本も並んでいる。
リツカは首を傾げた。
「香ですか」
「違う」
「薬草ですか」
「違う」
「では何ですか」
奈緒は一本取り出した。
「花火」
花火。
リツカは瞬きをする。
あの夜空いっぱいに咲いた花火を思い出す。
しかし。
目の前の棒はどう見ても小さい。
とても。
「小さいですね」
由美が笑った。
「それがいいんだよ」
意味は分からなかった。
庭へ出る。
空は群青色になり始めていた。
一番星が見える。
奈緒が線香花火へ火を移す。
じり。
小さな音。
火が灯る。
そして。
ぱち。
ぱちぱち。
小さな火花が生まれた。
リツカは目を見開く。
綺麗だった。
思っていたよりずっと。
手の中で光が揺れている。
まるで小さな星だった。
奈緒が一本渡してくる。
「やってみる?」
「はい」
リツカは受け取る。
慎重に持つ。
薬の調合より慎重だった。
奈緒が火を付ける。
じり。
やがて。
ぱち。
小さな光が咲く。
金色の火花。
静かな音。
大きな花火とは全く違う。
誰も騒がない。
誰も叫ばない。
ただ見つめる。
火花が揺れる。
風に揺れる。
小さな光が少しずつ大きくなる。
ぱち。
ぱちぱち。
丸い火の玉が生まれる。
それはまるで。
花だった。
手の中に咲く小さな花。
リツカは息を呑む。
綺麗だった。
本当に。
その時。
ぽとり。
火花が落ちる。
光が消える。
静寂。
夜だけが残った。
リツカはしばらく動かなかった。
消えた場所を見つめる。
奈緒が隣で笑う。
「終わったね」
「はい」
少しだけ寂しかった。
けれど。
嫌な気持ちではない。
むしろ。
温かかった。
その時。
ふと空を見上げる。
星があった。
無数の星。
夏の夜空いっぱいに広がっている。
風鈴が鳴る。
ちりん。
扇風機の音が縁側から聞こえる。
ぶおん。
遠くで犬が鳴く。
誰かの家の明かりが見える。
町は静かだった。
リツカは星を見上げながら思う。
花火も。
蛍も。
夏祭りも。
線香花火も。
みんな消えていく。
けれど。
だからこそ。
綺麗なのかもしれない。
異世界では考えたこともなかった。
永く残るものばかり求めていた。
薬も。
知識も。
成果も。
でも。
短いからこそ大切な時間もある。
そんなことを考えていると。
奈緒が新しい線香花火を差し出した。
「もう一本やる?」
リツカはその花火を見る。
そして。
小さく微笑んだ。
「はい」
迷わなかった。
夜風が吹く。
星が瞬く。
手の中に、
もう一度だけ小さな花が咲いた。
その光を見つめながら、
リツカは静かに願う。
来年の夏も。
みんなで見られますように。




