表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/138

第百五十六日目③

スイカを食べ終えた頃。


空は茜色になっていた。


昼の暑さも少しだけ和らいでいる。


庭を吹く風が心地良かった。


「今日はよく遊んだねぇ」


フミが笑う。


由美は縁側に寝転がっていた。


「もう動けない」


「そうめん食べすぎ」


奈緒が即答する。


事実だった。


そのやり取りを聞きながら、


リツカは麦茶を飲む。


冷たい。


美味しい。


夏は暑い。


けれど。


悪くないと思い始めていた。


その時。


奈緒が立ち上がる。


「そうだ」


押し入れへ向かう。


しばらくして。


小さな箱を持って戻ってきた。


「まだあるのですか」


「あるよ」


奈緒は少し得意そうだった。


箱を開く。


中には細い棒。


何本も並んでいる。


リツカは首を傾げた。


「香ですか」


「違う」


「薬草ですか」


「違う」


「では何ですか」


奈緒は一本取り出した。


「花火」


花火。


リツカは瞬きをする。


あの夜空いっぱいに咲いた花火を思い出す。


しかし。


目の前の棒はどう見ても小さい。


とても。


「小さいですね」


由美が笑った。


「それがいいんだよ」


意味は分からなかった。


庭へ出る。


空は群青色になり始めていた。


一番星が見える。


奈緒が線香花火へ火を移す。


じり。


小さな音。


火が灯る。


そして。


ぱち。


ぱちぱち。


小さな火花が生まれた。


リツカは目を見開く。


綺麗だった。


思っていたよりずっと。


手の中で光が揺れている。


まるで小さな星だった。


奈緒が一本渡してくる。


「やってみる?」


「はい」


リツカは受け取る。


慎重に持つ。


薬の調合より慎重だった。


奈緒が火を付ける。


じり。


やがて。


ぱち。


小さな光が咲く。


金色の火花。


静かな音。


大きな花火とは全く違う。


誰も騒がない。


誰も叫ばない。


ただ見つめる。


火花が揺れる。


風に揺れる。


小さな光が少しずつ大きくなる。


ぱち。


ぱちぱち。


丸い火の玉が生まれる。


それはまるで。


花だった。


手の中に咲く小さな花。


リツカは息を呑む。


綺麗だった。


本当に。


その時。


ぽとり。


火花が落ちる。


光が消える。


静寂。


夜だけが残った。


リツカはしばらく動かなかった。


消えた場所を見つめる。


奈緒が隣で笑う。


「終わったね」


「はい」


少しだけ寂しかった。


けれど。


嫌な気持ちではない。


むしろ。


温かかった。


その時。


ふと空を見上げる。


星があった。


無数の星。


夏の夜空いっぱいに広がっている。


風鈴が鳴る。


ちりん。


扇風機の音が縁側から聞こえる。


ぶおん。


遠くで犬が鳴く。


誰かの家の明かりが見える。


町は静かだった。


リツカは星を見上げながら思う。


花火も。


蛍も。


夏祭りも。


線香花火も。


みんな消えていく。


けれど。


だからこそ。


綺麗なのかもしれない。


異世界では考えたこともなかった。


永く残るものばかり求めていた。


薬も。


知識も。


成果も。


でも。


短いからこそ大切な時間もある。


そんなことを考えていると。


奈緒が新しい線香花火を差し出した。


「もう一本やる?」


リツカはその花火を見る。


そして。


小さく微笑んだ。


「はい」


迷わなかった。


夜風が吹く。


星が瞬く。


手の中に、


もう一度だけ小さな花が咲いた。


その光を見つめながら、


リツカは静かに願う。


来年の夏も。


みんなで見られますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ