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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百五十六日目②

流しそうめんの後。


午後の日差しは少し傾いていた。


それでも暑い。


とても暑い。


縁側ではハクが伸びていた。


完全に夏に負けていた。


その時。


「準備できたよー!」


由美の声が庭から響く。


嫌な予感がした。


最近の経験上、


由美が元気な時は何か起きる。


庭へ出る。


そこには。


大きな丸い実が置かれていた。


緑色。


縞模様。


見たことはある。


スイカだった。


問題はその隣だった。


棒がある。


さらに。


布もある。


目隠し用だった。


リツカは嫌な予感を強めた。


「何をするのですか」


奈緒が答える。


「スイカ割り」


予感は正しかった。


意味が分からなかった。


とても。


由美が棒を持つ。


「まず目隠しします!」


する。


「回ります!」


回る。


三回。


五回。


七回。


なぜ増えたのか分からない。


そして。


「スタート!」


由美は歩き始めた。


全然違う方向へ。


スイカは反対側だった。


「右!」


「左!」


「違う!」


「行き過ぎ!」


みんな好き勝手言う。


由美は混乱する。


当然だった。


やがて。


ぽこん。


庭石を叩いた。


スイカではなかった。


全員が笑う。


由美も笑っていた。


リツカだけ理解できなかった。


「なぜ目隠しを?」


「楽しいから」


奈緒が答える。


最近そればかりだった。


そして。


「次、リツカ」


布が差し出される。


「私ですか」


「うん」


断れる空気ではなかった。


目隠しをされる。


暗い。


何も見えない。


不安だった。


「回りまーす」


ぐるぐる。


ぐるぐる。


少し酔った。


そして。


棒を渡される。


「前へ!」


奈緒の声。


「もう少し右!」


由美の声。


「そのままー!」


フミの声。


全員違う。


信用できなかった。


リツカは立ち止まる。


考える。


薬師だった。


観察と推理は得意だった。


目は使えない。


ならば。


耳。


風。


匂い。


集中する。


静かになる。


蝉の声。


風鈴。


葉の揺れる音。


そして。


甘い匂い。


スイカだった。


リツカはゆっくり向きを変える。


数歩進む。


止まる。


棒を構える。


みんなが息を呑んだ。


そして。


振り下ろす。


ごん。


鈍い音。


目隠しを外す。


見る。


スイカだった。


しかも。


ひびが入っている。


沈黙。


数秒。


「すごーい!」


由美が叫んだ。


奈緒も驚いている。


フミまで拍手していた。


リツカは首を傾げる。


「難しかったのですか」


「普通は当たらない」


「そうなのですか」


そうだったらしい。


やがてスイカを切る。


真っ赤だった。


冷えている。


一切れ渡される。


かぷり。


甘い。


思わず目を見開く。


果汁が溢れる。


冷たい。


夏の味だった。


「美味しい」


自然に言葉が出た。


奈緒が微笑む。


「でしょ?」


縁側へ座る。


麦茶。


スイカ。


夕暮れの風。


扇風機の音。


ハクはスイカを見つめていた。


じっ。


真剣だった。


「駄目です」


わふ。


少しだけ落ち込む。


しかし。


数秒後には寝ていた。


切り替えが早かった。


空は少し赤くなっている。


夏の一日が終わろうとしていた。


リツカはスイカをもう一口かじる。


薬ではない。


魔法でもない。


けれど。


こんな時間が、


人を元気にするのかもしれない。


そんなことを思いながら、


夏の夕暮れを眺めた。

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