第百五十六日目
数日後。
朝から暑かった。
とても暑かった。
蝉も本気だった。
みんみんみん。
みーんみーん。
休む気配がない。
今日は土曜日、
午後はお休み。
昼前、
リツカは薬局の掃除を終え、
汗を拭いていた。
その時。
「今日はお昼、楽しみにしててねぇ」
朝、フミが言ったのを思い出した。
「何かあるのですか」
「夏の風物詩」
また知らない言葉だった。
最近はそんなものばかりだった。
そして昼。
フミの家の庭。
リツカは固まっていた。
竹だった。
長い竹。
半分に割られている。
縁側から庭へ向かって伸びていた。
意味が分からない。
とても。
「何ですかこれは」
「流しそうめん」
奈緒が答える。
答えになっていなかった。
その時。
上流側に立った由美が叫ぶ。
「行くよー!」
何かが流れてきた。
白い。
細い。
速い。
「!」
リツカは反射的に箸を構えた。
ぱしっ。
捕まえる。
成功。
だが。
次が来る。
さらに来る。
また来る。
流れてくる。
次々と。
休みなく。
「なぜ流すのですか」
「楽しいから」
奈緒が即答した。
意味が分からなかった。
食事は座って食べるものではないのか。
なぜ逃がす。
なぜ追う。
理解できない。
しかし。
気付けば。
夢中になっていた。
流れてくる。
捕まえる。
食べる。
また流れる。
捕まえる。
食べる。
その繰り返し。
意外と難しい。
その時。
上流から大量に流れてきた。
由美が悪戯したらしい。
「いっぱい行くよー!」
「待ってください」
待たなかった。
そうめんは流れた。
リツカは真剣だった。
全部捕まえようとした。
薬師の集中力だった。
一本も逃さない。
その結果。
箸の上が大変なことになった。
山だった。
そうめんの山。
奈緒が吹き出す。
「欲張りすぎ!」
「逃がしてはいけないと思いました」
「そういう競技じゃないから」
競技ではなかったらしい。
その時。
わふ!
ハクが竹の横へ来た。
流れるそうめんを見る。
首を傾げる。
もう一度見る。
そして。
追いかけた。
当然だった。
動くものだったから。
奈緒が笑う。
由美が笑う。
フミも笑う。
ハクだけ真剣だった。
流れるそうめんを捕まえたいらしい。
無理だった。
絶対に。
しばらくして。
最後のそうめんが流れる。
みんな満腹だった。
風が吹く。
風鈴が鳴る。
庭には夏の日差し。
リツカは麦茶を飲む。
冷たかった。
そうめんも美味しかった。
不思議だった。
豪華な料理ではない。
珍しい材料でもない。
けれど。
なぜだろう。
とても楽しかった。
「またやろうねぇ」
フミが言う。
リツカは少し考える。
そして。
静かに頷いた。
「はい」
今度は。
全部捕まえられる気がした。
奈緒が笑う。
「まだ言ってる」
夏の空は青かった。
蝉の声は賑やかだった。
そしてその夕方。
リツカは人生で初めて、
スイカ割り
という謎の行事を知ることになる。
目隠しをして棒を持つ理由は、
最後まで理解できなかった。




