第百五十日目
夏祭りの翌朝。
蝉の声で目が覚めた。
みんみんみん。
窓の外は青空だった。
昨日の花火が嘘みたいに、
静かな朝だった。
けれど。
暑い。
確実に暑い。
リツカは布団を畳みながら思う。
夏とは、
なかなか手強い季節らしい。
居間へ行くと、
奈緒が押し入れの前で格闘していた。
「何をしているのですか」
「夏支度」
押し入れの奥から、
大きな箱を引っ張り出している。
かなり重そうだった。
「手伝います」
「お願い」
二人で箱を運ぶ。
居間の真ん中へ置く。
段ボールだった。
リツカは首を傾げる。
「何が入っているのですか」
奈緒はにやりと笑った。
「夏の相棒」
意味が分からなかった。
箱が開く。
中から出てきたのは。
丸い部品。
羽。
格子。
支柱。
台座。
どう見ても何かの装置だった。
「魔導具ですか」
「違う」
「風の精霊を閉じ込めていますか」
「閉じ込めてない」
「では何ですか」
「組み立てながら説明する」
説明になっていなかった。
奈緒は慣れた手つきで組み立てる。
羽を取り付ける。
格子をはめる。
支柱を固定する。
十分ほどで完成した。
丸い顔。
細い首。
不思議な形だった。
リツカは周囲を一周する。
観察する。
裏も見る。
横も見る。
奈緒が笑う。
「リツカの診察始まった」
「知らない道具ですので」
真面目な返事だった。
そして。
奈緒が電源コードを差し込む。
「離れて」
リツカは一歩下がる。
奈緒がスイッチを押した。
ぶおん。
音が鳴る。
次の瞬間。
風が吹いた。
リツカは固まった。
髪が揺れる。
服の裾が揺れる。
確かに風だった。
「……」
沈黙。
「風です」
「風だね」
「風が出ています」
「出てるね」
「なぜですか」
奈緒が吹き出した。
「そこから?」
そこが一番重要だった。
魔法ではない。
精霊でもない。
なのに風が出ている。
理解できなかった。
リツカは扇風機へ近づく。
手をかざす。
風。
横へ回る。
風が弱くなる。
正面へ戻る。
また風。
面白かった。
とても。
「便利ですね」
「でしょ?」
奈緒は誇らしそうだった。
自分が発明したわけではない。
その時。
わふ?
ハクが現れた。
扇風機を見る。
首を傾げる。
風を受ける。
耳が揺れる。
もう一度首を傾げる。
理解できていないらしい。
リツカと同じだった。
ハクは扇風機の前に座った。
風を浴びる。
目を細める。
気持ち良いらしい。
しばらくすると。
そのまま伏せた。
さらに数分後。
寝た。
完全に寝た。
奈緒が笑う。
「気に入ったみたい」
わふぅ。
寝言だった。
その時。
フミがやって来た。
居間へ入る。
扇風機を見る。
ハクを見る。
寝ている。
満足そうに風を浴びている。
フミは笑った。
「夏が来たねぇ」
その言葉に、
リツカは窓の外を見る。
青空。
入道雲。
蝉の声。
そして。
居間を流れる涼しい風。
昨日の花火。
夏祭り。
確かに。
夏が始まっていた。
リツカは扇風機の前に座る。
風を受ける。
心地良かった。
魔法ではない。
けれど。
人の知恵で作られた風だった。
この国は本当に不思議だ。
そんなことを思いながら、
リツカは静かに目を細めた。
その日の午後。
奈緒は麦わら帽子を取り出す。
「畑、行こうか」
そしてリツカは、
夏の野菜の美味しさを知ることになる。




