第百四十九日目②
ひゅうううう――
夜空へ光が昇る。
誰もが空を見上げていた。
次の瞬間。
どぉん。
大きな音が響く。
そして。
夜空に花が咲いた。
赤。
青。
金色。
無数の光が広がる。
ぱらぱらと散りながら、
ゆっくり消えていく。
リツカは動けなかった。
ただ見上げる。
ただ見つめる。
こんな光を見たことがなかった。
魔法の光とも違う。
精霊の祝福とも違う。
誰かの力ではない。
けれど。
たくさんの人が力を合わせて作り出した光。
それが不思議だった。
もう一発。
どぉん。
夜空に大輪の花。
歓声が上がる。
子どもたちが飛び跳ねる。
みーちゃんも両手を上げていた。
「すごーい!」
本当に。
すごかった。
隣では奈緒が空を見上げている。
提灯の明かりが頬を照らしていた。
フミもいる。
由美も。
文さんも。
源蔵も。
みんな笑っていた。
その光景を見て。
リツカは気付く。
花火だけじゃない。
この時間そのものが綺麗なのだと。
また光が上がる。
ひゅうううう――
どぉん。
金色の花火が開く。
その光が浴衣を照らした。
藍色の布。
山吹色の帯。
自分で縫った浴衣。
春に染めた色。
みんなと作った時間。
全部がここにある。
胸の奥が少し熱くなる。
不思議だった。
この世界へ来た日。
何も持っていなかった。
帰る場所も。
知っている人も。
何一つなかった。
それなのに。
今は違う。
「綺麗だね」
奈緒が呟く。
リツカは頷く。
「はい」
声が少し震えていた。
奈緒は何も聞かなかった。
ただ隣に立っていた。
それがありがたかった。
その時。
わふ。
足元から声がする。
ハクだった。
花火の音は怖くないらしい。
尻尾を振りながら座っている。
反対側を見る。
クロもいた。
石段の上。
丸くなっている。
眠そうだった。
相変わらずだった。
思わず笑う。
すると。
また花火が上がる。
今度は連続だった。
どん。
どどん。
どぉん。
夜空いっぱいに光が咲く。
赤。
青。
緑。
金。
まるで星の雨だった。
歓声が広がる。
夏の夜風が吹く。
提灯が揺れる。
浴衣の裾も揺れる。
その瞬間。
リツカはふと思った。
帰りたい。
そう思わなかった。
初めてだった。
この世界へ来てから。
初めて。
故郷のことを考えながらも、
今いる場所を選びたいと思った。
それは裏切りではない。
忘れたわけでもない。
ただ。
ここも大切になった。
それだけだった。
最後の花火が上がる。
ひゅうううう――
夜空の一番高い場所へ。
そして。
どぉぉぉん――!
大輪の光が開いた。
境内が昼のように明るくなる。
誰もが見上げる。
誰もが笑う。
そして。
ゆっくりと消えていく。
静寂。
夏の夜だけが残った。
数秒後。
大きな拍手が起きる。
祭りの終わりだった。
少しだけ寂しい。
けれど。
温かい寂しさだった。
帰り道。
神社の石段を下りる。
提灯はまだ灯っている。
遠くで誰かが笑っている。
夏の匂いがする。
奈緒が振り返る。
「楽しかった?」
リツカは少し考えた。
本当に少しだけ。
そして。
静かに微笑む。
「とても」
奈緒も笑った。
その答えで十分だった。
夜空にはまだ煙が残っている。
けれど。
星も見えていた。
小さな光。
遠い光。
七夕の夜に見た星と同じだった。
その星を見上げながら、
リツカはゆっくり歩く。
夏はまだ始まったばかりだ。
そして翌朝。
リツカは人生で初めて、
「夏休み」
というものを知ることになる。




