第百四十九日目
夏祭り当日。
朝から町は賑やかだった。
商店街には提灯。
店先には風鈴。
どこからか祭囃子も聞こえてくる。
そして夕方。
リツカは自室にいた。
目の前には、
完成した浴衣。
藍色の布。
山吹色の帯。
自分で縫った浴衣だった。
そっと手を伸ばす。
少し緊張する。
薬を調合する時とは違う緊張だった。
やがて。
着付けが始まる。
フミが帯を結ぶ。
奈緒が髪を整える。
二人とも真剣だった。
「動かないでね」
「はい」
「本当に動かないでね」
「はい」
動かなかった。
石像のように。
奈緒が笑う。
「そこまで固まらなくていいよ」
難しかった。
そして。
最後の帯が整う。
「できた」
鏡の前へ立つ。
リツカは息を呑んだ。
そこにいたのは。
知らない自分だった。
藍色の浴衣。
山吹色の帯。
まとめた髪。
少し大人びた姿。
けれど。
どこか自分らしい。
春から積み重ねてきた時間が、
その一着に縫い込まれている気がした。
「綺麗だね」
奈緒が言う。
「うん」
フミも頷く。
リツカは少し照れた。
その時。
わふ。
ハクが現れる。
足元を一周する。
くん。
くん。
確認。
そして。
しっぽを振った。
合格らしい。
全員が笑った。
外はもう夕暮れだった。
神社へ向かう。
石段を登る。
提灯が灯っている。
境内は人でいっぱいだった。
屋台。
笑い声。
祭囃子。
焼きそばの匂い。
綿菓子。
かき氷。
全部が新しかった。
「リツカちゃん!」
由美だった。
そして。
固まった。
数秒。
じっと見ている。
「由美さん?」
「かわいい……」
始まった。
奈緒が苦笑する。
由美は本気だった。
「写真撮りたい」
「しゃしん?」
奈緒がスマホを出す。
リツカの表情が変わる。
未だに少し不思議なのだ。
小さな板で絵を残せることが。
「魂は取られません」
奈緒が言う。
「まだ少し疑っています」
由美が吹き出した。
結局。
みんなで写真を撮る。
リツカ。
奈緒。
フミ。
ハク。
そして勝手に入り込んできたクロ。
一枚の写真。
夏の始まりの記念になった。
その後。
救護所の手伝いをする。
案の定。
子どもたちは転んだ。
走る。
転ぶ。
泣く。
源蔵の予言通りだった。
リツカは忙しい。
絆創膏。
消毒。
冷却シート。
大活躍だった。
そして。
ようやく落ち着いた頃。
太鼓の音が響く。
どん。
どどん。
どん。
盆踊りが始まる。
みーちゃんが走ってくる。
「おねえちゃん!」
「はい」
「約束!」
そうだった。
約束していた。
一緒に踊ると。
輪が広がる。
提灯が揺れる。
夏の夜風が吹く。
リツカは輪の中へ入る。
まだ少しぎこちない。
けれど。
前よりずっと上手くなっていた。
みーちゃんが笑う。
奈緒も笑う。
フミも踊っている。
文さんも。
由美も。
町の人たちも。
みんな一緒だった。
リツカはふと思う。
異世界では知らなかった。
ただ踊るだけで、
こんなに楽しい時間があることを。
その時。
夜空に一発の光が上がった。
ひゅうううう……
誰かが歓声を上げる。
花火だった。
祭りの終わりを飾る、
最初の一発。
リツカは空を見上げる。
大きな光が咲く。
まるで夜空に花が開いたみたいだった。
息を呑む。
言葉を失う。
そして。
夏祭りは、
まだ終わらない。
本当のクライマックスは、
このあと始まる。




