第百四十七日目
夏祭りまであと二日。
朝から神社は慌ただしかった。
提灯を吊るす人。
やぐらを組む人。
屋台の準備をする人。
町中が少し浮き足立っている。
薬局も例外ではなかった。
「リツカ」
源蔵が呼ぶ。
「はい」
「祭りの日、神社へ行くぞ」
「知っています」
盆踊りがある。
みーちゃんとの約束もある。
その時。
源蔵が続けた。
「仕事だ」
リツカは固まった。
「祭りの日にですか」
「祭りの日だからだ」
意味が分からない。
源蔵は机の上へ箱を置いた。
絆創膏。
消毒液。
冷却シート。
包帯。
見慣れたものばかりだった。
「祭りになると子どもが転ぶ」
「なるほど」
「走る」
「転ぶ」
「泣く」
「分かりやすいです」
真理だった。
源蔵は頷く。
「だから救護係だ」
祭りの救護係。
そんな役目があるらしい。
その日の午後。
神社へ行く。
文さんもいた。
「今年も頼むねぇ」
源蔵が手を上げる。
どうやら毎年恒例らしい。
境内の端。
小さな机が用意されていた。
『救護所』
そう書いてある。
リツカは少し感心した。
祭りを安全に楽しむための工夫。
この町らしかった。
その時。
「ラムネ飲む?」
由美が現れる。
手には青い瓶。
透明な玉が入っている。
リツカは目を丸くした。
「何ですか」
「ラムネ!」
当然のように言う。
当然ではなかった。
初めて見た。
瓶だった。
しかし。
栓がない。
代わりに玉が入っている。
意味が分からない。
由美が笑う。
「押してみて」
渡された道具で玉を押す。
ぽんっ!
「!」
玉が落ちる。
炭酸が弾ける。
しゅわしゅわ。
リツカは思わず後ずさった。
「爆発しました」
「してないしてない」
由美が笑い転げる。
奈緒まで笑っている。
恐る恐る飲む。
しゅわっ。
舌が痺れる。
甘い。
冷たい。
不思議な飲み物だった。
「美味しいです」
「でしょ!」
由美が誇らしげだった。
自分が作ったわけではない。
その後。
神社の境内を歩く。
提灯。
屋台。
盆踊りのやぐら。
少しずつ完成していく。
夏祭りが近付いていた。
その時。
「あっ」
子どもの声。
振り向く。
男の子が転んでいた。
石につまずいたらしい。
膝を擦りむいている。
泣きそうだった。
リツカは自然に駆け寄る。
「見せてください」
男の子は頷く。
傷を確認する。
浅い。
砂を落とす。
洗う。
消毒する。
絆創膏を貼る。
慣れた手つきだった。
「終わりました」
男の子が膝を見る。
痛みはまだある。
けれど。
少し安心した顔になった。
「ありがとう」
走っていく。
元気だった。
由美が呟く。
「薬師だねぇ」
リツカは首を傾げる。
当然のことをしただけだった。
けれど。
源蔵は少しだけ笑った。
その夜。
提灯に灯りが入る試験点灯が行われた。
境内が柔らかな光に包まれる。
赤。
橙。
金色。
まるで星が降りてきたみたいだった。
リツカは見上げる。
綺麗だった。
本当に。
そして思う。
明後日。
この場所はもっと賑やかになる。
浴衣を着て。
みんなで笑って。
盆踊りを踊る。
想像するだけで少し楽しみだった。
その時。
わふ。
ハクが隣へ来る。
見上げる。
「楽しみですか」
わふ。
即答だった。
どうやら犬も祭りは好きらしい。
そして迎える。
夏祭り当日。
リツカの初めての夏祭りが始まる。




