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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第百三十五日目

浴衣作りは順調だった。


少なくとも。


布を縫っている間は。


問題はその後だった。


帯である。


夏祭りまであと二週間。


この日。


由美が大きな箱を抱えてやって来た。


嫌な予感がした。


奈緒もした。


フミもした。


そして予感は当たった。


「帯を選ぼう!」


箱が開く。


全員が黙った。


多かった。


とても多かった。


山吹色。


若草色。


藍色。


藤色。


薄紅色。


草木染めした帯がずらりと並ぶ。


「何本あるんですか」


「数えてない!」


由美は元気だった。


数えた方がいいと思った。


リツカはそっと一本手に取る。


山吹色。


春に染めたハンカチを思い出す色だった。


暖かい。


柔らかい。


どこか懐かしい。


次に若草色。


新芽の色。


薬草畑を思い出す。


こちらも綺麗だった。


藍色もある。


浴衣と同じ系統の色。


落ち着いている。


どれも良い。


つまり。


決められない。


「困りました」


リツカは正直だった。


奈緒が笑う。


「だと思った」


由美はすでに三本を推している。


フミは別の二本を勧めている。


全員意見が違う。


収拾がつかない。


その時だった。


わふ。


ハクがやって来る。


のんびり歩く。


そして帯の山の前へ座った。


全員が見る。


ハクは気にしない。


一本ずつ匂いを嗅ぐ。


くん。


くん。


真剣だった。


妙に真剣だった。


そして。


山吹色の帯の前で止まる。


もう一度匂いを嗅ぐ。


くん。


そのまま前足を置いた。


沈黙。


「選んだ」


奈緒が言う。


「選んだねぇ」


フミも言う。


由美まで頷いている。


ハクは得意そうだった。


何も分かっていない顔で。


リツカは山吹色の帯を見る。


春の日差し。


草木染め。


初めて作ったハンカチ。


編み物。


色々な思い出が浮かぶ。


そして。


小さく笑った。


「これにします」


決まった。


満場一致だった。


もちろん。


一番偉そうだったのはハクである。


その日の午後。


最後の仕上げが始まった。


帯を合わせる。


縫い目を確認する。


糸を整える。


少しだけ緊張した。


薬を完成させる時に似ていた。


失敗がないか。


足りないところはないか。


何度も確認する。


そして。


夕方。


フミが言った。


「着てみる?」


リツカは息を呑む。


まだ途中だと思っていた。


けれど。


ほとんど完成していた。


藍色の浴衣。


山吹色の帯。


夏の空と陽だまりみたいな組み合わせだった。


リツカはそっと布に触れる。


自分で縫った。


自分で選んだ。


自分の浴衣。


胸の奥が少し温かくなる。


完成まであと少し。


あと一歩だった。


そして数日後。


最後の糸を切る日が来る。


その時リツカは、


この世界へ来て初めて、


「形として残る宝物」を手にすることになる。

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