第百三十二日目①
七夕から三日後。
朝。
蝉が鳴いていた。
まだ少しぎこちない。
夏になりたての鳴き声だった。
リツカは縁側で薬草を干していた。
乾燥具合を確かめる。
丁寧に並べる。
いつもの朝だった。
その時。
フミが大きな風呂敷を抱えて現れた。
「リツカちゃん」
「はい」
「ちょっと手伝ってくれる?」
風呂敷は思ったより重そうだった。
居間へ運ぶ。
机の上へ置く。
フミは嬉しそうだった。
こういう顔の時は、
だいたい何かが始まる。
リツカも学習していた。
風呂敷が広げられる。
中から現れたのは。
布だった。
たくさんの布。
反物。
見たことのない長さだった。
藍色。
薄紫。
淡い桜色。
様々な色が並ぶ。
「綺麗です」
思わず声が漏れる。
フミが笑った。
「でしょぉ」
その時。
奈緒が麦茶を持って入ってくる。
布を見る。
そして。
「あ」
察した顔をした。
「始まった」
「始まったよぉ」
何がだろう。
リツカだけが分からない。
すると。
フミは一枚の藍色の反物を持ち上げた。
夏の空みたいな色だった。
深くて。
優しい色。
「浴衣を作ろうと思ってねぇ」
「浴衣」
聞いたことはある。
夏祭りで着る服。
奈緒が説明してくれた。
けれど。
作る?
「作れるのですか」
フミはきょとんとした。
「作れるよぉ?」
当然のように言う。
リツカは驚いた。
服は買うものではないのか。
少なくとも、
この世界へ来てからはそう思っていた。
「昔はみんな縫ってたんだよぉ」
フミは布を撫でる。
優しく。
大切そうに。
「せっかくだからね」
「自分の浴衣を作ろう」
その言葉に。
リツカは少しだけ反物を見つめた。
自分の浴衣。
自分で作る浴衣。
なんだか特別な響きだった。
その時。
わふ。
ハクがやって来る。
反物へ鼻を近付ける。
くん。
くん。
そして。
その上へ寝転んだ。
「あっ」
フミが慌てる。
ハクは満足そうだった。
どうやら気に入ったらしい。
「それはまだ駄目です」
リツカが引き剥がす。
少し不満そうだった。
居間に笑い声が広がる。
窓の外では蝉が鳴いている。
夏が近付いていた。
そして。
この日から、
リツカの初めての浴衣作りが始まる。
まず最初の仕事は。
自分の身体の長さを測ることだった。
しかし。
それが意外な大騒動になることを、
まだ誰も知らない。




