第百二十九日目②
境内では子どもたちが集まっていた。
短冊を揺らしながら、
輪になっている。
リツカが首を傾げる。
「何をしているのですか」
奈緒が微笑む。
「七夕の歌だよ」
「歌」
その時。
誰かが音頭を取る。
子どもたちの声が重なる。
♪ ささの葉 さらさら
♪ のきばに ゆれる
風が吹く。
本当に笹の葉が揺れた。
さらさら。
さらさら。
歌と同じ音。
リツカは目を丸くする。
子どもたちの歌声は続く。
♪ お星さま きらきら
♪ きんぎん すなご
夜空を見上げる。
雲の向こう。
見えない星。
けれど。
そこにある。
そんな気がした。
フミも小さく口ずさむ。
奈緒も歌っている。
由美も。
真紀も。
境内にいる大人たちまで。
誰も大きな声ではない。
けれど。
皆が知っている歌だった。
リツカだけが知らない。
少しだけ寂しい。
そう思った瞬間。
隣から。
「歌う?」
奈緒が聞く。
「知りません」
「じゃあ一緒に」
そして奈緒が、
歌詞をゆっくり教えてくれる。
リツカはたどたどしく真似をする。
少し音を外す。
由美が吹き出す。
「リツカちゃん可愛い!」
「笑わないでください」
頬が少し赤い。
皆が笑う。
でも優しい笑いだった。
もう一度歌う。
今度は少しだけ上手く歌えた。
笹の葉が揺れる。
提灯が揺れる。
子どもたちが笑う。
ハクは意味も分からず尻尾を振っている。
クロは近くの石灯籠の上で眠そうにしている。
そしてリツカは思う。
知らない歌だった。
知らない文化だった。
知らない世界だった。
けれど。
今は一緒に歌っている。
それが少し嬉しかった。
その時。
「見て!」
子どもの声。
空を見上げる。
雲が少しだけ割れていた。
天の川は見えない。
けれど。
一つ。
二つ。
三つ。
星が見える。
小さな光。
遠い光。
リツカは静かに目を細める。
異世界でも。
同じ星が見えているだろうか。
もし見えているなら。
離れていても、
空は繋がっているのかもしれない。
そう思えた。
その時。
ハクが隣へ座る。
何も言わず。
ただ寄り添う。
温かかった。
「……ありがとうございます」
誰に向けた言葉かは、
自分でも分からなかった。
星か。
この町か。
それとも、
ここまで導いてくれた運命か。
けれど。
胸の奥は不思議なくらい穏やかだった。
その夜の帰り道。
奈緒がふと思い出したように言う。
「そうだ」
「?」
「今年、浴衣作ってみる?」
リツカは立ち止まる。
浴衣。
聞いたことはある。
けれど。
まだ知らない。
その一着が、
忘れられない夏へ繋がることを。




