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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第二十五日目③

花見は大いに盛り上がった。


由美は大笑いし。


真紀はじゃんけんの必勝法を語り。


魚屋のおじさんは唐揚げを勧め続け。


源蔵はなぜか七連敗していた。


「おかしい」


源蔵が真顔で言う。


「じゃんけんは運のはずだ」


「そうですね」


リツカが頷く。


「なのに全部負けた」


「そうですね」


「なぜだ」


「分かりません」


二人とも真面目だった。


奈緒は笑いすぎて疲れていた。


やがて。


食事も落ち着く。


子どもたちは走り回り。


大人たちはお茶を飲みながら話している。


穏やかな午後。


リツカは少し離れた場所へ歩いた。


桜の木の下。


風が吹く。


花びらが舞う。


ひらひら。


肩に落ちる。


手のひらにも落ちる。


とても軽い。


壊れてしまいそうなほど。


空を見上げる。


薄桃色の花。


青空。


柔らかな日差し。


異世界では見たことのない景色だった。


その時。


「何してるの?」


奈緒だった。


隣に座る。


しばらく二人で桜を見上げた。


沈黙。


けれど心地良い。


「綺麗です」


リツカが言う。


「うん」


「本当に」


奈緒は微笑む。


何度も見ている景色だった。


子どもの頃から。


毎年。


当たり前のように。


でも。


リツカが見ている桜は違う。


初めての桜。


初めての花見。


初めての春。


そう思うと、


奈緒まで少し特別な気持ちになった。


風が吹く。


花びらが舞う。


その時。


リツカがぽつりと言った。


「来年も咲くのですね」


奈緒は頷く。


「咲くよ」


「必ず?」


「たぶんね」


「今年みたいに?」


「うん」


同じように。


春になれば。


桜は咲く。


リツカは静かに空を見上げた。


来年。


その言葉が胸に残る。


今まで考えたことがなかった。


明日のことは考えた。


数日先も考えた。


でも。


来年は考えていなかった。


異世界へ帰る方法を探していたから。


ずっと。


帰ることばかり考えていたから。


けれど。


「来年も」


小さく呟く。


「見たいです」


奈緒は一瞬だけ驚いた。


本当に一瞬だけ。


そして。


優しく笑う。


「見よう」


短い返事だった。


けれど。


とても温かかった。


リツカは少し笑う。


「はい」


来年。


ここにいるかは分からない。


帰れているかもしれない。


帰れていないかもしれない。


未来は分からない。


でも。


初めて思った。


来年の桜を見たい。


それは。


この世界で初めてできた、


未来の約束だった。


その時。


「にゃあ」


頭上から声。


見上げる。


クロだった。


いつの間にか枝の上にいる。


「いました」


「いたね」


奈緒が笑う。


クロは相変わらずだった。


そして。


少し離れた場所では。


ハクが必死に木を見上げていた。


当然届かない。


クロは完全に理解している。


それでも降りてこない。


花びらが舞う。


犬が見上げる。


猫が見下ろす。


奈緒が笑う。


リツカも笑う。


その穏やかな光景は、


春の陽射しの中でいつまでも続いていた。


そして帰り際。


リツカは由美から、


とんでもない提案を受けることになる。


「次は田植え手伝ってね!」


「……田植え?」


リツカはまだ知らない。


数週間後。


人生初の田んぼで、


頭から泥まみれになる未来を。

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