第二十五日目
リツカは目を覚ました。
すると。
居間の方が少し騒がしい。
「これ持った?」
「持ったよぉ」
「お箸は?」
「入れた」
奈緒とフミが慌ただしく動いている。
リツカは首を傾げた。
何か起きたのだろうか。
居間へ向かう。
机の上には大きな重箱。
おにぎり。
卵焼き。
唐揚げ。
煮物。
たくさんの料理。
思わず立ち止まる。
「戦でしょうか」
奈緒が吹き出した。
「違う」
フミも笑っている。
「お花見だよ」
「お花見」
聞いたことはある。
花を見る行事。
しかし。
なぜこれほど大量の食料が必要なのか。
リツカには理解できなかった。
「花を見ながら食べるの」
奈緒が説明する。
「なるほど」
なるほど。
やっぱりよく分からない。
でも。
楽しそうではあった。
ハクは朝から大興奮している。
散歩だと思っているらしい。
しっぽが止まらない。
一時間後。
一行は町の公園へ向かった。
そこは海を見下ろす小高い丘だった。
そして。
リツカは足を止める。
言葉を失う。
桜だった。
見渡す限り。
桜。
桜。
桜。
薄桃色の花が、
空を埋め尽くしている。
春風が吹く。
花びらが舞う。
まるで雪だった。
けれど温かい。
柔らかな雪。
「……綺麗です」
やっと出た言葉だった。
奈緒が微笑む。
「でしょ」
リツカは空を見上げる。
異世界にも花はあった。
けれど。
こんな景色は見たことがない。
花を見るためだけに、
皆が集まる理由が少し分かった。
そこへ。
「奈緒ちゃーん!」
大きな声。
由美だった。
予想通りである。
由美の周囲には、
すでにたくさんの町の人がいた。
魚屋のおじさん。
パン屋のおばさん。
八百屋のおじさん。
薬局の真紀。
そして源蔵までいる。
「全員います」
リツカが呟く。
「ほぼ全員だね」
奈緒が苦笑する。
星波町は小さい。
だからこういう時は、
だいたい皆集まる。
シートを敷く。
料理を並べる。
お茶を用意する。
賑やかな声。
笑い声。
春風。
リツカは少し離れた場所から眺めていた。
その時だった。
「わふっ!」
ハクが飛び出した。
「あっ」
奈緒が声を上げる。
遅かった。
ハクは何かを見つけたらしい。
一直線に駆けていく。
その先にいたのは。
クロ。
桜の木の上だった。
なぜいるのか。
誰にも分からない。
クロは迷惑そうな顔をしている。
ハクは大喜び。
クロは木の枝を移動する。
ハクは木の下を走る。
そのたびに花びらが舞う。
まるで桜吹雪だった。
「楽しそうです」
リツカが言う。
「クロはそう思ってないと思う」
奈緒が答える。
確かに。
クロは非常に迷惑そうだった。
しかし逃げない。
つまり。
いつものことなのだろう。
春風が吹く。
桜が舞う。
笑い声が響く。
リツカはその景色を見つめた。
異世界へ帰れない。
その事実は変わらない。
けれど。
今だけは。
そんなことを忘れていた。
ただ。
この美しい春の景色に心を奪われていた。
そして。
この後。
由美の提案によって、
リツカは人生初の「お弁当争奪じゃんけん大会」に巻き込まれることになる。




