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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第八日目

数日後。


その日を、


リツカは朝から少しだけ楽しみにしていた。


源蔵の店へ行く日だった。


朝食を食べながらも、


どこか落ち着かない。


「楽しみなんだねぇ」


フミが微笑む。


リツカは少し考えてから頷いた。


「はい」


正直だった。


奈緒も笑う。


「そんなに?」


「そんなにです」


即答だった。


ハクが首を傾げる。


何がそんなに嬉しいのか分からないらしい。


昼前。


奈緒と一緒に商店街へ向かう。


海風が心地良い。


途中、


何人もの人が挨拶してくれた。


「こんにちは」


「こんにちは」


少し前まで知らない人ばかりだった。


今は違う。


町の人たちの顔を覚え始めている。


商店街の奥。


普段あまり通らない細い道へ入る。


そこに店はあった。


木造の古い建物。


小さな看板。


『佐倉漢方堂』


暖簾が揺れている。


リツカは立ち止まった。


そして。


香りを感じる。


薬草。


乾燥した植物。


土。


木。


懐かしい香りだった。


胸の奥が少し締め付けられる。


源蔵が暖簾の向こうから顔を出した。


「おお」


「来たか」


「はい」


その返事があまりにも元気で、


源蔵は笑った。


店へ入る。


カラン。


小さな鈴が鳴る。


店内には棚が並んでいた。


引き出し。


瓶。


紙袋。


見渡す限り薬草。


リツカは言葉を失った。


まるで宝物庫だった。


奈緒は少し離れて見ている。


源蔵が小声で言う。


「薬好きの子どもみたいだな」


「ですね」


二人は笑った。


リツカは棚の前をゆっくり歩く。


一つ一つ見る。


香りを確かめる。


知らない植物も多い。


だが。


知っているものもあった。


「これは……」


小さな乾燥した花。


異世界にも似た植物があった。


効能は違うかもしれない。


それでも。


薬草を見るだけで心が躍る。


源蔵は奥から一冊の帳面を持ってきた。


「これを見てみろ」


中には手書きの記録。


植物の名前。


採取時期。


使い方。


注意点。


リツカの目が輝く。


「すごいです」


「何十年も書いてきた」


源蔵は少し照れたように笑う。


「宝物だからな」


リツカは丁寧にページをめくる。


そこには時間が詰まっていた。


積み重ねられた知識。


経験。


失敗。


工夫。


薬師の人生そのものだった。


気付けば、


時間が過ぎていた。


奈緒がお茶を飲みながら呆れる。


「もう二時間だよ」


「二時間?」


リツカは驚く。


体感では三十分くらいだった。


源蔵が大笑いする。


「本当に好きなんだな」


「はい」


また即答だった。


そしてその時。


源蔵の表情が少しだけ真面目になる。


「リツカさん」


「はい」


「もし良かったら」


静かな声だった。


「たまに店を手伝わんか」


リツカが固まる。


奈緒も驚く。


源蔵は続けた。


「給料とかそんな話じゃない」


「ただ」


店内を見渡す。


「薬草が好きな人と話したい」


少し寂しそうに笑った。


「それだけだ」


リツカは言葉を失う。


薬師だった頃。


薬草を語る仲間がいた。


研究した。


議論した。


学んだ。


それが当たり前だった。


でも。


この世界へ来てから、


そんな時間はなかった。


胸の奥が熱くなる。


ゆっくり。


頷いた。


「ぜひ」


源蔵が笑う。


奈緒も微笑む。


その瞬間。


リツカは気付いた。


自分はもう、


ただ守られているだけではない。


この町で。


少しずつ。


自分の居場所を見つけ始めている。


薬局。


家。


神社。


海。


そして。


薬草の香るこの店。


異世界で失ったと思っていたものが、


少しずつ形を変えて戻ってきていた。


春の陽射しが店の窓から差し込む。


薬草の香りに包まれながら、


リツカは久しぶりに心から笑った。

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