第四日目④
クロは塀の上に座っていた。
相変わらず堂々としている。
ここはフミの家の庭だ。
本来なら、
もっと遠慮してもいいはずだった。
けれど。
クロにはそんな考えは無いらしい。
「来ています」
リツカが言う。
「来てるね」
奈緒は慣れた様子だった。
ハクは縁側まで駆けていく。
しっぽをぶんぶん振っている。
クロは少しだけ迷惑そうだった。
それでも逃げない。
どうやら本当に仲は良いらしい。
リツカは縁側へ出た。
春の日差し。
少し暖かい風。
クロは金色の目でこちらを見る。
「こんにちは」
挨拶してみる。
当然返事はない。
けれど。
今日は目を逸らさなかった。
じっと見ている。
そして。
ふいに立ち上がった。
塀の上を歩く。
軽やかだった。
音がほとんどしない。
「すごいです」
思わず呟く。
クロは塀の端まで行く。
そこで立ち止まる。
そして。
ぽとり。
何かを落とした。
「?」
リツカが近付く。
小さな木の実だった。
丸くて。
茶色い。
クロは満足そうに座る。
「……」
「……」
リツカは木の実を見る。
クロを見る。
木の実を見る。
「奈緒さん」
「なに?」
「贈り物でしょうか」
奈緒が吹き出した。
「どうだろうね」
「贈り物です」
リツカは真剣だった。
クロは何も言わない。
ただ尻尾をゆっくり動かしている。
ハクは嬉しそうに周りを走っている。
「仲良くなったのかもね」
フミが縁側から言う。
「そうでしょうか」
「クロなりに」
リツカは木の実を拾う。
小さい。
特別な力は感じない。
薬になるわけでもない。
価値があるわけでもない。
けれど。
何となく捨てたくなかった。
「大切にします」
クロの耳がぴくりと動いた。
気のせいかもしれない。
でも。
少しだけ。
誇らしそうに見えた。
その時だった。
ガタン。
遠くから音が聞こえる。
線路の方角。
リツカは振り返る。
そして。
聞こえた。
カン、カン、カン――
踏切の音。
ハクの耳が立つ。
クロも顔を上げる。
町の人たちにとっては日常。
けれど。
リツカにとってはまだ特別な音だった。
「電車です」
少し嬉しそうに言う。
奈緒が笑う。
「好きになった?」
リツカは少し考える。
そして頷いた。
「はい」
電車。
海。
雛人形。
桜餅。
黒猫。
この町には、
好きなものが少しずつ増えている。
踏切の音が春の空に響く。
クロは塀の上。
ハクは庭。
リツカはその真ん中に立っていた。
異世界から来た薬師。
けれど。
今はただ、
星波町の穏やかな午後を過ごしている。
そしてこの日の夕方。
リツカは初めて、
自分から「散歩に行きたい」と言うことになる。




