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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第四日目 ③

机の上には桜餅が並んでいた。


丸くて。


ほんのり桃色。


葉っぱに包まれている。


甘い香りもする。


けれど。


リツカにとっては未知の食べ物だった。


「食べてみる?」


フミが笑う。


リツカは慎重に桜餅を持ち上げた。


柔らかい。


温かくはない。


でも冷たくもない。


「葉も食べられるのですか」


「食べられるよ」


奈緒が答える。


リツカは少し考える。


葉っぱを食べる文化はある。


薬草として使うこともある。


けれど。


甘い菓子と一緒なのは初めてだった。


恐る恐る一口。


もちもち。


甘い。


そのあと。


ふわりと葉の香り。


「……!」


目が少し大きくなる。


奈緒が気付く。


「どう?」


リツカはもう一口食べる。


そして。


真面目な顔で言った。


「春です」


数秒。


奈緒とフミが固まる。


そして。


吹き出した。


「春?」


「はい」


リツカは頷く。


「春の味です」


桜餅を見る。


「春が入っています」


奈緒が笑いすぎて机に突っ伏した。


「春は入ってない」


「入っています」


リツカは譲らない。


確かにそう感じた。


甘いだけではない。


香り。


色。


雰囲気。


全部が春だった。


フミは嬉しそうに頷く。


「そうだねぇ」


「春の味だねぇ」


リツカは少し安心した。


どうやら間違ってはいなかったらしい。


窓の外を見る。


庭の木々。


青空。


遠くで鳴く鳥。


春は目に見えない。


けれど。


この世界の人たちは、


花を見て春を感じる。


風で春を感じる。


食べ物で春を感じる。


不思議だった。


でも。


嫌いではなかった。


桜餅を食べ終える。


お茶を飲む。


ふう、と息をつく。


その時だった。


カタン。


縁側の方から音がした。


ハクが立ち上がっている。


耳がぴんと立っていた。


何かを見ている。


「ハク?」


リツカも振り返る。


庭。


そこに。


見慣れた黒い影がいた。


クロだった。


神社の黒猫。


塀の上に座っている。


堂々としている。


まるで。


最初からここに来る予定だったかのように。


「来ています」


リツカが呟く。


奈緒も振り返る。


「あー」


慣れた反応だった。


「たまに来るんだよ」


クロは何も言わない。


ただ。


じっとこちらを見ている。


ハクは嬉しそうに尻尾を振る。


クロは迷惑そうな顔をしている。


けれど。


逃げない。


その距離感が、


なんだか二匹らしかった。


春の昼下がり。


桜餅の香り。


お茶の湯気。


庭の犬と猫。


そして。


少しずつ増えていく、


この町との繋がり。


リツカは気付いていなかった。


いつの間にか。


「知らない世界」だった星波町が、


少しずつ「自分の町」になり始めていることに。

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