第三日目④
「久しぶりに出してみようかねぇ」
そう言って立ち上がったフミの後を、
リツカはついて行った。
廊下の奥。
普段あまり使われていない部屋。
窓から差し込む朝の光の中で、
少しだけ埃が舞っていた。
フミは押し入れの前にしゃがみ込む。
襖を開ける。
中には布団や箱がきれいに積まれていた。
「ええと……」
フミは懐かしいものを探すように奥へ手を伸ばす。
しばらくして。
「これだねぇ」
大きな箱が引き出された。
木目調の古い箱。
何度も開け閉めされた跡がある。
リツカは思わず前へ出た。
宝箱を見つけた子どものような気分だった。
フミが蓋を開く。
ふわり。
古い木の香り。
布の香り。
少しだけ時の匂いがした。
中には白い紙で丁寧に包まれた人形たち。
リツカは息を呑む。
「……綺麗です」
まだ組み立ててもいない。
それなのに。
大切にされてきたことが分かった。
奈緒も隣で覗き込む。
「懐かしいな」
「毎年飾ってたからねぇ」
フミが笑う。
「奈緒が小さい頃は」
奈緒が少し照れたような顔をした。
「そんな話しなくていいから」
「いいじゃないか」
フミは楽しそうだった。
人形を一つ取り出す。
美しい着物。
優しい顔。
リツカはそっと見つめる。
「これは誰ですか」
「お内裏様」
「おだいりさま」
知らない言葉がまた増える。
「こっちはお雛様」
「おひなさま」
リツカは真面目に覚えようとする。
その姿を見て、
フミと奈緒は顔を見合わせた。
「勉強熱心だねぇ」
「リツカだから」
奈緒は笑う。
しばらくして。
居間の一角に赤い毛氈が敷かれた。
人形が並ぶ。
ぼんぼり。
小さな道具。
金色の屏風。
少しずつ。
一つの景色が出来上がっていく。
リツカはその様子を見守った。
薬を調合する時に似ている。
一つ一つは小さな部品。
けれど。
正しい場所へ置けば意味を持つ。
やがて。
最後の人形が置かれる。
完成だった。
朝の光の中。
雛人形たちは静かに並んでいた。
窓の向こうで見たものよりも近い。
そして。
どこか温かい。
「すごいです……」
思わず声が漏れる。
フミが少し嬉しそうに笑った。
「そうだろう?」
「はい」
リツカは頷く。
「祭りなのですね」
「そうだよ」
「皆で幸せを願うための」
その言葉に。
リツカは静かに人形たちを見つめた。
異世界にも祭りはあった。
収穫祭。
豊穣祭。
星祭り。
けれど。
幸せを願うためだけの祭りは少なかった気がする。
この世界の人々は不思議だ。
便利な道具を作る。
休みの日を作る。
花を見て喜ぶ。
そして。
人形を飾って誰かの幸せを願う。
その優しさが、
少し羨ましかった。
その時。
ハクがのそのそ近付いてくる。
雛壇の前で座る。
首を傾げる。
「……」
興味はあるらしい。
そして。
一番下の段へ鼻を近付けた。
「ハク!」
奈緒が慌てる。
ハクはびくっとして固まった。
リツカは思わず笑う。
フミも笑う。
居間に穏やかな笑い声が広がる。
春の光の中。
雛人形たちは静かに並んでいた。
そしてリツカはまだ知らない。
このあと、
奈緒に連れられて買い物へ行き、
そこで再び現代文明に驚かされることを。




