第二日目⑦
広かった。
スーパーという場所は、
リツカにとって未知の迷宮だった。
明るい灯り。
大量の食べ物。
整然と並ぶ棚。
聞いたことのない音楽。
しかも、
人が多い。
気付けば、
奈緒の姿は完全に見えなくなっていた。
「……」
やってしまった。
リツカは野菜売り場の前で固まる。
周囲には、
山みたいに積まれた野菜。
瑞々しい葉。
見たことのない果物。
値札。
読めない文字。
情報量が多すぎる。
その時。
「わっ」
横をカートが通り、
リツカは反射的に避けた。
ぶつからなかった。
でも心臓が跳ねる。
異世界の市場とも違う。
ここは、
全部が整いすぎていた。
「……落ち着いて」
自分へ言い聞かせる。
大丈夫。
迷っただけ。
命の危険はない。
たぶん。
しかし。
どこを見ても似た景色だった。
通路。
棚。
人。
匂い。
しかも。
魚売り場の方から、
かなり強い香りが漂ってくる。
焼いた匂いではなく、
生の魚。
海。
塩。
冷気。
リツカは思わずそちらへ引き寄せられた。
氷の上に魚が並んでいる。
「……すごい」
目を見開く。
新鮮だ。
保存状態も良い。
しかも大量。
異世界なら、
港町でもここまで安定して並ばない。
「そんなに魚好き?」
突然、
後ろから声。
リツカが飛び上がる。
振り返ると、
奈緒が立っていた。
買い物かごを片手に、
半分呆れた顔をしている。
「な、奈緒さん……!」
「だから迷うって言った」
リツカは言い返せなかった。
事実だった。
奈緒は小さくため息をつく。
でも、
怒ってはいない。
「ハクいなかったら絶対遭難してるね」
その言葉に、
リツカは周囲を見る。
白い毛玉がいた。
ハクは当然みたいな顔で、
鮮魚コーナーの前に座っている。
どうやら、
最初から位置把握していたらしい。
「……ありがとうございます、ハクさん」
ハクは尻尾を振った。
奈緒が吹き出す。
「ほんと犬に丁寧だよね」
リツカは真剣だった。
命を救われている。
少なくとも、
精神的には。
その時。
店内放送が流れた。
軽やかな音楽。
聞き慣れない声。
リツカはまた少し肩を跳ねさせる。
奈緒は慣れた様子で、
牛乳をかごへ入れた。
「何でも驚くね」
「……この世界、
驚くものが多すぎます」
リツカは小さく呟く。
奈緒はその横顔を見る。
本当に。
演技じゃなく、
全部初めてみたいな顔をする。
その違和感が、
少しずつ気になり始めていた。
けれど。
今はまだ、
聞かない方がいい気がした。
「とりあえず、
お昼用のパン選んで」
「ぱん」
また知らない単語だった。
奈緒はパン売り場を指差す。
柔らかそうな匂いが、
ふわりと漂っていた。
リツカは恐る恐る、
その場所へ歩いていく。
この世界には、
まだ知らないものが山ほどある。
でも。
それを少し楽しいと思い始めている自分に、
リツカはまだ気付いていなかった。




