第二日目⑧
パン売り場は、
甘い匂いで満ちていた。
焼き立ての香り。
小麦。
バター。
ほんのり砂糖。
リツカは思わず立ち止まる。
「……いい匂いです」
異世界にも硬いパンはあった。
保存食みたいなものだ。
けれど、
こんな柔らかそうなものは見たことがない。
棚には、
丸いパン、
細長いパン、
何かを挟んだパンまで並んでいる。
種類が多すぎた。
「選べる?」
奈緒が後ろから聞く。
リツカは真剣な顔で棚を見つめる。
「……全部違います」
「違うよ」
「なぜこんなに種類が……」
奈緒は少し笑った。
「好きなの選べばいいの」
好き。
その感覚が、
リツカにはまだ少し難しい。
異世界では、
食事は“あるものを食べる”だった。
選ぶ余裕なんて、
あまりなかったから。
リツカはしばらく悩んだ末、
一つの袋を手に取った。
丸くて、
白いパン。
「それ好きなの?」
「……柔らかそうなので」
奈緒が袋を見る。
「クリームパンじゃん」
「くりーむ」
また知らない言葉だった。
奈緒は説明しかけて、
やめる。
「まあ食べれば分かる」
その言い方が少し面白くて、
リツカは小さく笑った。
買い物を終え、
スーパーを出る。
自動ドアが開く瞬間、
リツカはまだ少し身構えていた。
奈緒がまた笑う。
「慣れないねぇ」
「急に開くので……」
「挟まれないから大丈夫」
外へ出ると、
昼の風が吹いていた。
朝より少し暖かい。
駅前には、
学生や買い物帰りの人達が歩いている。
小さな町だけれど、
ちゃんと人が生きている気配があった。
奈緒は近くのベンチを指差す。
「そこで食べよっか」
海の見える小さな広場だった。
ベンチ。
植え込み。
古い時計台。
少し先には、
線路が見える。
リツカは隣へ座った。
ハクは足元へ寝そべる。
奈緒がパンの袋を開けた。
「はい」
クリームパンを渡される。
リツカは恐る恐る持ち上げた。
柔らかい。
少し温かい。
「……」
意を決して、
一口食べる。
その瞬間。
リツカの動きが止まった。
甘い。
柔らかい。
中に、
滑らかなクリームが入っている。
「……!」
奈緒が吹き出す。
「すごい顔」
「……甘いです……!」
感動がそのまま声に出ていた。
奈緒は笑いながら、
コーヒー牛乳を飲む。
「そんなに?」
リツカは真剣に頷く。
異世界にも甘味はあった。
でも、
こんなふうに気軽に食べられるものじゃない。
しかも。
ただ甘いだけじゃなく、
なんだか安心する味がした。
風が吹く。
遠くで踏切が鳴る。
電車が海沿いを走っていく。
昼の光が、
町を明るく照らしていた。
リツカはパンを両手で持ったまま、
静かに呟く。
「……この町、
優しい味がします」
奈緒は少しだけ目を丸くしたあと、
困ったように笑った。
「ほんと、
変な感想言うよね」




