第百八十日目②
風が吹くたび、
花びらが静かに舞い降りる。
去年と同じ場所。
去年と同じ桜。
土手には、今年もたくさんの人が集まっていた。
子どもたちが走り回り、
カメラを構える人がいて、
お弁当を囲む家族の笑い声が春の空へ溶けていく。
「場所、空いてるよ。」
奈緒が去年と同じ木の根元を指差した。
青いレジャーシートを広げる。
その場所を見た瞬間、リツカは思わず笑みを浮かべた。
「ここです。」
「去年も、ここでした。」
「覚えてた?」
「はい。」
「私はここで、おにぎりを落としそうになりました。」
奈緒は吹き出す。
「そんなことまで覚えてるの?」
「はい。」
「ハクが先に食べようとして……。」
「慌てて止めたんだよね。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「今年は落としません。」
そう言ってリツカはお弁当箱を大切そうに抱える。
みーちゃんが横でくすくす笑う。
「去年よりお姉さんになったもんね。」
「……少しだけです。」
照れくさそうに笑うリツカを見て、フミも目を細めた。
お弁当のふたが開く。
桜色のかまぼこ。
卵焼き。
唐揚げ。
菜の花のおひたし。
いなり寿司。
そして、去年と同じ、桜の形に抜かれたにんじん。
「今年も作ったよ。」
フミが笑う。
リツカはそのにんじんを見つめ、胸が温かくなるのを感じた。
去年は「きれいですね」と思った。
今年は「帰ってきた」と思った。
「いただきます。」
みんなの声が重なる。
その声を聞きながら、リツカは空を見上げた。
桜は今日も変わらず美しい。
でも、去年は花しか見えていなかった。
今年は違う。
桜の下で笑う人たち。
風に揺れるレジャーシート。
お弁当を分け合う手。
ハクを追いかけるみーちゃん。
フミの穏やかな笑顔。
奈緒の「熱いから気をつけて」という声。
桜は、人を集める花なのだと気づいた。
食事を終えると、みーちゃんが立ち上がった。
「リツカさん!」
「去年と同じことしよう!」
「去年と同じ?」
「花びら、つかまえるの!」
リツカは思い出した。
舞い落ちる桜を両手で追いかけて、なかなか掴めなかったことを。
「今年は勝負です。」
少し真剣な顔で袖をまくる。
「負けないよ!」
みーちゃんも笑う。
二人は舞い落ちる花びらを追いかけて走り出した。
「取れた!」
みーちゃんの手のひらに、一枚の花びら。
「リツカさんは?」
リツカはゆっくり手を開く。
そこには、もう一枚、小さな花びらが乗っていた。
「やっと捕まえました。」
去年より、少しだけ上手になっていた。
その様子を見ながら、奈緒が静かにつぶやく。
「一年って、不思議だな。」
フミが隣で頷く。
「どうしたの?」
「去年は、この子が日本で暮らしていけるか心配だった。」
奈緒は桜の下を駆けるリツカを見つめる。
「でも今は……。」
その先は言葉にならなかった。
言わなくても分かっていたから。
リツカはもう、この町の春の中で笑っている。
風が吹く。
桜吹雪が土手いっぱいに舞い上がる。
リツカは立ち止まり、その景色を見つめた。
去年は「きれいですね」と言った。
今年は違う。
静かに微笑んで、こう言った。
「また会えましたね。」
桜へ。
春へ。
そして、この町のみんなへ。
その一言に、一年という時間が、そっと込められていた。




