表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
127/138

第三百十五日②

炎は少しずつ落ち着き、


高く組まれていた竹も、


赤く燃える炭へと姿を変えていた。


その頃になると、


町のおばあちゃんたちが大きな籠を抱えて集まってくる。


「はいはい。」


「今年も焼こうねぇ。」


籠の中には、


丸いお餅。


それから、


色とりどりの繭玉。


赤。


白。


桃色。


黄色。


小さな団子が枝にたくさん付いている。


リツカは目を丸くした。


「これは……お花ですか?」


近くにいたおばあちゃんが、


にっこり笑う。


「繭玉だよ。」


「昔はね、蚕が元気に育つようにって飾ったんだ。」


「それから五穀豊穣や、家族の健康を願う意味もあるんだよ。」


リツカはそっと枝に触れる。


小さなお団子は、


朝の冷たい空気で少しかたくなっていた。



長い竹の先に、


お餅を刺していく。


「焦がさないようにね。」


フミが笑いながら教える。


リツカも真似をして、


ゆっくり炭火へ近づけた。


ぱちっ。


炭が小さく音を立てる。


火はもう高く燃えてはいない。


けれど、


赤く熾った炭は、


静かにお餅を温めていく。


ふっくら。


少しずつ、


お餅が膨らんできた。


「わぁ……。」


「生きているみたいです。」


「もう少し。」


奈緒が竹をゆっくり回す。


香ばしい香りが、


冬の風に乗って漂い始めた。



「できた!」


みーちゃんが嬉しそうに声を上げる。


焼きたてのお餅は、


ぷっくりとふくらみ、


ほんのりきつね色になっていた。


醤油を少しだけ塗る。


じゅっ。


炭に落ちた醤油が、


香ばしい煙を立ち上らせる。


「はい。」


奈緒がお皿を差し出す。


リツカは、


ふうふうと息を吹きかけてから、


一口かじった。


表面は香ばしく、


中はやわらかい。


もちもちとした食感が、


ゆっくり口いっぱいに広がる。


「おいしい……。」


思わず笑みがこぼれた。


「火で焼いただけなのに。」


「火で焼くから、おいしいんだよ。」


フミが穏やかに答える。


「それにね。」


近くのおばあちゃんが話に加わる。


「どんど焼きの火で焼いたものを食べると、一年元気に過ごせるって言われているんだよ。」


「一年……元気に。」


リツカはもう一度、


お餅を見つめた。


日本には、


願いを食べる日がたくさんある。


七草がゆも。


年越しそばも。


鏡餅も。


そして、


今日のお餅も。


どれも、


体だけではなく、


心まで温かくしてくれる。



炎は、


少しずつ小さくなっていく。


けれど、


火を囲む人たちの笑顔は変わらない。


子どもたちの笑い声。


お年寄りの穏やかな話し声。


炭火のはぜる音。


冬の青空へ昇る、


細い煙。


その景色を見つめながら、


リツカは静かにつぶやいた。


「火は……。」


「少し不思議です。」


奈緒が隣を見る。


「不思議?」


「はい。」


「寒い冬なのに、


みんな自然と火のまわりへ集まります。」


「火は体だけじゃなくて、


人も集めるんですね。」


奈緒は少し驚いたあと、


優しく笑った。


「そうかもしれないね。」


「昔から囲炉裏や焚き火を囲んで、


みんなでご飯を食べたり、おしゃべりしたりしてきたものね。」


リツカは赤く熾る炭を見つめる。


風は人を運び、


火は人を集める。


薬は人を癒やし、


言葉は人の心を結ぶ。


世界には、


目には見えないけれど、


人と人をつないでいるものがたくさんある。


そのことを、


この町は少しずつ教えてくれていた。


帰り道。


手袋越しでも、


まだお餅を持っていた手は温かかった。


空を見上げると、


冬の日差しが少しだけ柔らかく感じられる。


「おばあちゃん。」


みーちゃんが空を見上げながら言った。


「もうすぐ春かな?」


フミは梅の木の枝へ目を向ける。


まだ固い蕾。


けれど、その先端はほんの少しだけ赤みを帯びていた。


「うん。」


「春はね、ちゃんと来るよ。」


リツカもその蕾を見つめ、静かに微笑んだ。


長い冬は、まだ続く。


それでも木々は、誰にも気づかれないところで、春の準備を始めている。


その姿は、どこか自分自身にも重なって見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ