第三百十五日②
炎は少しずつ落ち着き、
高く組まれていた竹も、
赤く燃える炭へと姿を変えていた。
その頃になると、
町のおばあちゃんたちが大きな籠を抱えて集まってくる。
「はいはい。」
「今年も焼こうねぇ。」
籠の中には、
丸いお餅。
それから、
色とりどりの繭玉。
赤。
白。
桃色。
黄色。
小さな団子が枝にたくさん付いている。
リツカは目を丸くした。
「これは……お花ですか?」
近くにいたおばあちゃんが、
にっこり笑う。
「繭玉だよ。」
「昔はね、蚕が元気に育つようにって飾ったんだ。」
「それから五穀豊穣や、家族の健康を願う意味もあるんだよ。」
リツカはそっと枝に触れる。
小さなお団子は、
朝の冷たい空気で少しかたくなっていた。
◇
長い竹の先に、
お餅を刺していく。
「焦がさないようにね。」
フミが笑いながら教える。
リツカも真似をして、
ゆっくり炭火へ近づけた。
ぱちっ。
炭が小さく音を立てる。
火はもう高く燃えてはいない。
けれど、
赤く熾った炭は、
静かにお餅を温めていく。
ふっくら。
少しずつ、
お餅が膨らんできた。
「わぁ……。」
「生きているみたいです。」
「もう少し。」
奈緒が竹をゆっくり回す。
香ばしい香りが、
冬の風に乗って漂い始めた。
◇
「できた!」
みーちゃんが嬉しそうに声を上げる。
焼きたてのお餅は、
ぷっくりとふくらみ、
ほんのりきつね色になっていた。
醤油を少しだけ塗る。
じゅっ。
炭に落ちた醤油が、
香ばしい煙を立ち上らせる。
「はい。」
奈緒がお皿を差し出す。
リツカは、
ふうふうと息を吹きかけてから、
一口かじった。
表面は香ばしく、
中はやわらかい。
もちもちとした食感が、
ゆっくり口いっぱいに広がる。
「おいしい……。」
思わず笑みがこぼれた。
「火で焼いただけなのに。」
「火で焼くから、おいしいんだよ。」
フミが穏やかに答える。
「それにね。」
近くのおばあちゃんが話に加わる。
「どんど焼きの火で焼いたものを食べると、一年元気に過ごせるって言われているんだよ。」
「一年……元気に。」
リツカはもう一度、
お餅を見つめた。
日本には、
願いを食べる日がたくさんある。
七草がゆも。
年越しそばも。
鏡餅も。
そして、
今日のお餅も。
どれも、
体だけではなく、
心まで温かくしてくれる。
◇
炎は、
少しずつ小さくなっていく。
けれど、
火を囲む人たちの笑顔は変わらない。
子どもたちの笑い声。
お年寄りの穏やかな話し声。
炭火のはぜる音。
冬の青空へ昇る、
細い煙。
その景色を見つめながら、
リツカは静かにつぶやいた。
「火は……。」
「少し不思議です。」
奈緒が隣を見る。
「不思議?」
「はい。」
「寒い冬なのに、
みんな自然と火のまわりへ集まります。」
「火は体だけじゃなくて、
人も集めるんですね。」
奈緒は少し驚いたあと、
優しく笑った。
「そうかもしれないね。」
「昔から囲炉裏や焚き火を囲んで、
みんなでご飯を食べたり、おしゃべりしたりしてきたものね。」
リツカは赤く熾る炭を見つめる。
風は人を運び、
火は人を集める。
薬は人を癒やし、
言葉は人の心を結ぶ。
世界には、
目には見えないけれど、
人と人をつないでいるものがたくさんある。
そのことを、
この町は少しずつ教えてくれていた。
帰り道。
手袋越しでも、
まだお餅を持っていた手は温かかった。
空を見上げると、
冬の日差しが少しだけ柔らかく感じられる。
「おばあちゃん。」
みーちゃんが空を見上げながら言った。
「もうすぐ春かな?」
フミは梅の木の枝へ目を向ける。
まだ固い蕾。
けれど、その先端はほんの少しだけ赤みを帯びていた。
「うん。」
「春はね、ちゃんと来るよ。」
リツカもその蕾を見つめ、静かに微笑んだ。
長い冬は、まだ続く。
それでも木々は、誰にも気づかれないところで、春の準備を始めている。
その姿は、どこか自分自身にも重なって見えた。




