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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第三百十五日

一月も半ばを迎えた朝。


空は青く晴れ渡り、


頬を刺すような冷たい風が吹いていた。


「今日はどんど焼きの日だよ。」


奈緒は玄関に飾ってあったしめ飾りを丁寧に外した。


「これも持って行くんですか?」


リツカが尋ねる。


「うん。」


「一年間ありがとう、って感謝してお返しするんだ。」


リツカは両手でしめ飾りを受け取る。


稲わらの香りが、


かすかに残っていた。



河原では、


町の人たちが竹を組み上げていた。


高く積まれた竹のまわりには、


正月飾りや書き初めが静かに集められている。


子どもたちは少し離れた場所で遊びながらも、


火が入る瞬間を待ちきれない様子だった。


「今年もよろしくお願いします。」


「あけましておめでとう。」


顔を合わせるたび、


笑顔が広がる。


リツカは腕に抱えたしめ飾りを見つめた。


「少し……寂しいですね。」


奈緒はその言葉に微笑む。


「そう思う?」


「はい。」


「せっかく飾ったのに、


燃やしてしまうなんて。」


奈緒は空を見上げた。


「だからね。」


「燃やして終わりじゃないんだよ。」


「神様を空へお送りして、


また来年も来てもらえるように願うんだ。」


「終わりじゃなくて、


見送るんだね。」


フミが穏やかに言葉を添えた。


リツカは静かに頷いた。



やがて、


火が入る。


ぱちっ。


乾いた竹が音を立てる。


炎はゆっくりと立ち上がり、


やがて空へ向かって大きく伸びていく。


ぱちぱち。


ぱんっ。


竹の節が弾けるたび、


子どもたちから歓声が上がった。


リツカは炎を見つめる。


赤い火。


黄金色の火の粉。


白い煙。


それらは風に乗って、


ゆっくり冬空へ昇っていく。


「きれい……。」


その言葉は、


炎だけではなく、


人々の祈りへ向けられていた。



ふと、


リツカは自分の書き初めを思い出した。


半紙に書いた一文字。


『結』。


「書き初めも燃やすんですか?」


「うん。」


フミは頷く。


「字が高く舞い上がると、


字が上手になるって言われているんだよ。」


「本当ですか?」


「昔からの言い伝えだけどね。」


みーちゃんは嬉しそうに、


火の中へ自分の書き初めを入れた。


「あっ!」


白い半紙は炎に包まれ、


ふわりと黒い灰になって空へ舞い上がる。


「飛んだ!」


「今年は字が上手になるかな!」


その無邪気な声に、


周りの大人たちも笑顔になった。


リツカも静かに自分の書き初めを火へ託す。


『結』


その一文字は炎の中でゆっくりと燃え、


やがて白い煙となって冬の青空へ溶けていった。


「願いまで消えてしまう気がしませんか?」


リツカは小さく尋ねた。


フミは首を横に振る。


「願いは紙にあるんじゃないよ。」


「願った人の心の中にある。」


「だから紙は役目を終えても、


願いはちゃんと残るんだ。」


リツカは空を見上げた。


白い煙は風に乗り、


どこまでも高く昇っていく。


その姿は、


まるで新しい一年への手紙のようだった。


炎の温もりを背中に感じながら、


リツカはそっと胸に手を当てる。


今年もまた、


たくさんの人と笑い合える一年になりますように。


その願いはもう、紙ではなく、自分自身の中で静かに息づいていた。

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