第三百十六日目
冬の朝。
庭の草には、
白い霜が降りていた。
縁側へ出ると、
吐く息がゆっくりと空へ昇っていく。
リツカは両手をこすり合わせた。
「寒いですね。」
「今日は一年で一番寒いかもしれないね。」
フミは笑いながら、
庭へ降りていく。
その手には、
小さな籠があった。
「リツカもおいで。」
「はい。」
◇
庭の隅では、
霜の間から小さな緑が顔をのぞかせていた。
「これは……。」
「七草だよ。」
フミは一本ずつ、
優しく摘み取っていく。
「せり。」
「なずな。」
「ごぎょう。」
「はこべら。」
「ほとけのざ。」
「すずな。」
「すずしろ。」
聞き慣れない名前が、
冬の空気に溶けていく。
リツカは一本の葉をそっと手に取った。
小さい。
けれど、
葉脈はしっかりとしている。
「薬草にも似ていますね。」
「そうだね。」
フミは嬉しそうに頷いた。
「昔の人は、
薬になる草と食べる草を、
ちゃんと知って暮らしていたんだ。」
リツカは葉を見つめる。
異世界でも、
春一番に芽吹く薬草は貴重だった。
冬を越えた命には、
特別な力が宿ると信じられていた。
世界は違っても、
自然と共に生きる知恵は、
どこか似ているのかもしれない。
◇
家へ戻ると、
奈緒がお鍋を火にかけていた。
ことこと。
小さな音が台所に響く。
炊きたてのおかゆから、
やさしい湯気が立ち上る。
刻んだ七草を加えると、
白いおかゆの中に、
春を思わせる緑が広がった。
「きれい……。」
雪景色の中に、
小さな春が咲いたようだった。
「どうして今日食べるのですか?」
リツカが尋ねる。
奈緒は木べらでおかゆを混ぜながら答えた。
「お正月はごちそうをたくさん食べるでしょう?」
「だから少し休ませてあげるんだ。」
「胃を……ですか?」
「そう。」
「それとね。」
フミが湯飲みを並べながら続ける。
「一年を元気に過ごせますようにって願いも込められているんだよ。」
願いを食べる。
その表現が、
リツカの胸に静かに残った。
◇
「いただきます。」
湯気の向こうで、
みんなの声が重なる。
リツカは匙でおかゆをすくった。
ふう、と息を吹きかける。
一口。
やさしい。
派手な味ではない。
けれど、
体の中へ、
ゆっくりと温かさが広がっていく。
「おいしいです。」
「春の味がします。」
奈緒が少し驚いて笑った。
「まだ冬なのに?」
リツカも笑う。
「はい。」
「でも、この草は……。」
窓の外を見つめる。
白い庭。
冷たい風。
その中で芽吹いた、
小さな緑。
「春が来ることを知っている味です。」
食卓が静かになる。
フミはゆっくりと頷いた。
「いい表現だね。」
「自然はね。」
「ちゃんと次の季節を知っているんだ。」
リツカはもう一口、
七草がゆを口へ運んだ。
春はまだ遠い。
それでも、
小さな芽は、
もう土の中で次の季節を待っている。
人もまた、
少しずつ前へ進んでいく。
湯気の向こうで、
みーちゃんが笑った。
「早く春にならないかな。」
リツカも、
窓の外の冬空を見上げながら、
小さく頷いた。
「きっと、もうすぐですね。」
その言葉は、
季節だけではなく、
これから訪れる新しい出会いや日々への期待も含んでいた。




