表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/138

第三百十六日目

冬の朝。


庭の草には、


白い霜が降りていた。


縁側へ出ると、


吐く息がゆっくりと空へ昇っていく。


リツカは両手をこすり合わせた。


「寒いですね。」


「今日は一年で一番寒いかもしれないね。」


フミは笑いながら、


庭へ降りていく。


その手には、


小さな籠があった。


「リツカもおいで。」


「はい。」



庭の隅では、


霜の間から小さな緑が顔をのぞかせていた。


「これは……。」


「七草だよ。」


フミは一本ずつ、


優しく摘み取っていく。


「せり。」


「なずな。」


「ごぎょう。」


「はこべら。」


「ほとけのざ。」


「すずな。」


「すずしろ。」


聞き慣れない名前が、


冬の空気に溶けていく。


リツカは一本の葉をそっと手に取った。


小さい。


けれど、


葉脈はしっかりとしている。


「薬草にも似ていますね。」


「そうだね。」


フミは嬉しそうに頷いた。


「昔の人は、


薬になる草と食べる草を、


ちゃんと知って暮らしていたんだ。」


リツカは葉を見つめる。


異世界でも、


春一番に芽吹く薬草は貴重だった。


冬を越えた命には、


特別な力が宿ると信じられていた。


世界は違っても、


自然と共に生きる知恵は、


どこか似ているのかもしれない。



家へ戻ると、


奈緒がお鍋を火にかけていた。


ことこと。


小さな音が台所に響く。


炊きたてのおかゆから、


やさしい湯気が立ち上る。


刻んだ七草を加えると、


白いおかゆの中に、


春を思わせる緑が広がった。


「きれい……。」


雪景色の中に、


小さな春が咲いたようだった。


「どうして今日食べるのですか?」


リツカが尋ねる。


奈緒は木べらでおかゆを混ぜながら答えた。


「お正月はごちそうをたくさん食べるでしょう?」


「だから少し休ませてあげるんだ。」


「胃を……ですか?」


「そう。」


「それとね。」


フミが湯飲みを並べながら続ける。


「一年を元気に過ごせますようにって願いも込められているんだよ。」


願いを食べる。


その表現が、


リツカの胸に静かに残った。



「いただきます。」


湯気の向こうで、


みんなの声が重なる。


リツカは匙でおかゆをすくった。


ふう、と息を吹きかける。


一口。


やさしい。


派手な味ではない。


けれど、


体の中へ、


ゆっくりと温かさが広がっていく。


「おいしいです。」


「春の味がします。」


奈緒が少し驚いて笑った。


「まだ冬なのに?」


リツカも笑う。


「はい。」


「でも、この草は……。」


窓の外を見つめる。


白い庭。


冷たい風。


その中で芽吹いた、


小さな緑。


「春が来ることを知っている味です。」


食卓が静かになる。


フミはゆっくりと頷いた。


「いい表現だね。」


「自然はね。」


「ちゃんと次の季節を知っているんだ。」


リツカはもう一口、


七草がゆを口へ運んだ。


春はまだ遠い。


それでも、


小さな芽は、


もう土の中で次の季節を待っている。


人もまた、


少しずつ前へ進んでいく。


湯気の向こうで、


みーちゃんが笑った。


「早く春にならないかな。」


リツカも、


窓の外の冬空を見上げながら、


小さく頷いた。


「きっと、もうすぐですね。」


その言葉は、


季節だけではなく、


これから訪れる新しい出会いや日々への期待も含んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ