第三百九日目②
神社を出ると、
参道はさっきよりも賑やかになっていた。
「あったかい甘酒ー!」
「焼きたてのお団子ですよー!」
威勢のいい声が、
冷えた夜空に響いている。
提灯の灯りが、
雪の残る石畳をやさしく照らしていた。
みーちゃんは目を輝かせる。
「リツカさん!」
「あっち、お汁粉!」
「こっちは甘酒!」
「迷います!」
奈緒が思わず吹き出す。
「みーちゃんは毎年同じこと言ってるね。」
フミもくすくす笑った。
「結局、全部食べたくなるんだよねぇ。」
◇
「リツカは甘酒、飲んだことある?」
「ありません。」
「じゃあ、一杯だけ飲んでみようか。」
湯気の立つ紙コップを受け取る。
両手で包むと、
じんわりと指先が温まった。
ふわり。
お米の甘い香り。
「お酒……なのですか?」
奈緒は頷く。
「少しだけね。
でも、これはアルコールがほとんどない甘酒だから大丈夫。」
リツカは恐る恐る口をつける。
「……!」
思っていた味とは違った。
やさしい甘さ。
お米そのものの、
ほっとするような味。
「温かい……。」
「飲み物なのに、
ご飯を食べているような気持ちになります。」
「そういう感想は初めて聞いたなぁ。」
奈緒は笑いながら、
自分の甘酒を一口飲んだ。
◇
その隣では、
みーちゃんがお汁粉を頬張っている。
「熱っ。」
「ふー、ふー。」
小さく息を吹きかけながら、
お餅をゆっくり口へ運ぶ。
「おいしい!」
頬いっぱいに笑顔が広がる。
「リツカさんも食べる?」
差し出されたお椀には、
小豆の香りが立ちのぼっていた。
リツカは一口いただく。
「あ……。」
やさしい甘さ。
中には、
餅つきの日についたお餅が入っている。
「あのお餅ですね。」
「うん。」
フミが嬉しそうに頷く。
「みんなでついたお餅だから、
なおさらおいしいんだよ。」
リツカは、
ゆっくりとお餅を噛みしめた。
あの日、
「せーの」と声を合わせたこと。
みんなで笑ったこと。
その時間まで一緒に味わっている気がした。
◇
帰り道。
町は静かだった。
遠くから、
まだ神社の鈴の音が聞こえてくる。
空を見上げると、
冬の星が変わらず瞬いていた。
「リツカ。」
奈緒が歩きながら言う。
「明日は少し早起きしよう。」
「初日の出を見に行くから。」
「初日の出……。」
聞き慣れない言葉を、
リツカはゆっくり繰り返した。
「一年で最初に昇る太陽だよ。」
フミが空を見上げながら微笑む。
「昔からね。
その光には、新しい一年を始める力があるって言われているんだ。」
リツカは東の空へ目を向けた。
今はまだ、
深い夜。
けれどその向こうでは、
新しい朝が静かに準備を始めている。
「楽しみです。」
その一言には、
この町で迎える初めての一年への期待が込められていた。
家へ帰ると、
玄関でハクが大きくあくびをした。
「おかえり。」
奈緒が笑う。
リツカも自然に微笑み返した。
「ただいま。」
その言葉は、
もう少しもぎこちなさがなかった。




