表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
120/138

第三百九日目

百八つ目の鐘が、


静かに夜空へ消えていった。


誰かが小さく言った。


「明けましておめでとうございます。」


その一言をきっかけに、


境内のあちこちから、


同じ言葉が広がっていく。


「明けましておめでとう。」


「今年もよろしく。」


笑顔と笑顔が、


夜の中で交わる。


リツカも奈緒たちの後に続き、


小さく口を開いた。


「……あけまして、おめでとうございます。」


少したどたどしかったが、


その言葉には自然と笑みがこぼれた。



お寺をあとにすると、


一行は神社へ向かった。


冬の夜道は静かだった。


雪がうっすらと残る石畳を、


ゆっくり歩いていく。


空気は冷たい。


けれど、


どこか晴れやかだった。


神社へ近づくにつれ、


提灯の灯りが見えてくる。


参道には屋台も並び、


甘酒や焼き団子の香りが漂っていた。


「あとで寄ろうね。」


みーちゃんが小声で言う。


奈緒が笑って頷く。


「ちゃんとお参りしてからね。」



大きな鳥居の前で、


奈緒が立ち止まった。


「ここではね。」


「鳥居をくぐる前に、


一礼するんだよ。」


リツカも真似をして、


静かに頭を下げる。


鳥居をくぐると、


空気が少し変わった気がした。


冷たさは同じなのに、


どこか澄んでいる。


「神様のお家だからね。」


フミが穏やかに言う。


リツカは自然と背筋を伸ばした。



手水舎では、


柄杓に水をくむ。


奈緒が一つひとつ教えてくれる。


「まず左手。」


「次に右手。」


「口をすすいで……。」


最後に柄を流す。


「きれいにしてから、


お参りするんだ。」


リツカも丁寧に真似をした。


冷たい水が手を流れる。


その冷たさが、


不思議と心まで澄ませてくれるようだった。



拝殿の前。


長い列が、


静かに順番を待っている。


やがて、


リツカたちの番になった。


奈緒が小さな声で教える。


「お賽銭を入れて。」


「鈴を鳴らして。」


「二礼、二拍手、一礼。」


リツカはゆっくり頷く。


ちゃりん。


小さな音を立てて、


お賽銭が賽銭箱へ落ちる。


鈴を鳴らす。


澄んだ音が、


冬の夜へ響いた。


深く二度、


頭を下げる。


二度、


手を打つ。


ぱん。


ぱん。


その音は、


静かな境内によく響いた。


最後にもう一度、


深く礼をする。


目を閉じる。


願いごとは、


何にしよう。


異世界へ帰る方法。


それとも、


薬師としてもっと多くの人を助けられる力。


いくつもの思いが浮かんでは、


静かに消えていく。


そして最後に残ったのは、


とても小さく、


とても素直な願いだった。


「今年も……。」


「みんなが笑って過ごせますように。」


それだけだった。


目を開ける。


隣では、


奈緒も、


フミも、


由美も、


みーちゃんも、


穏やかな表情で手を合わせていた。


その姿を見て、


リツカは胸の奥が温かくなる。



参拝を終えると、


みーちゃんが元気よく振り返った。


「お参り終わった!」


「じゃあ甘酒!」


「私は焼き団子!」


「おばあちゃんは温かいお汁粉かな。」


みんなが笑う。


奈緒がリツカを見て尋ねた。


「リツカは何が食べたい?」


屋台から漂う、


甘い香り。


香ばしい醤油の香り。


湯気。


笑い声。


新しい年の最初の景色。


リツカはゆっくりと微笑み、


答えた。


「みなさんと、


同じものを。」


奈緒は少し目を潤ませながら笑った。


「うん。」


「今年も一緒に、


たくさんおいしいものを食べよう。」


リツカは空を見上げる。


夜空には、


冬の星。


その向こうには、


自分が生まれ育った世界があるのかもしれない。


けれど、


寂しさはなかった。


今、


この場所にも、


自分の帰る家がある。


そう思えたから。


新しい一年が、


静かに始まった。


遠くで、


神社の鈴がもう一度鳴る。


その澄んだ音は、


リツカの新しい人生の始まりを祝福しているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ