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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん
第二日目

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12/30

第二日目⑤

「——いた!!」


突然、

石段の下から声が響いた。


リツカがびくりと肩を揺らす。


見下ろすと、

奈緒が息を切らして立っていた。


「ハク!

また勝手に連れてったの!?」


ハクはしれっと座っている。


反省の色はない。


奈緒は石段を上がってくると、

額を押さえた。


「ごめん、

ちょっと目離した隙に……」


リツカは慌てて頭を下げる。


「い、いえ!

私がついて行ってしまって……」


「まあ、

ハクの案内なら帰れるけど」


奈緒は苦笑した。


どうやら、

本当に“案内犬”らしい。


ハクが見ていたその先には――


一匹の黒猫がいた。

黒い毛並み。

細い尻尾。


風を受けながら、悠々と座っている。


猫は逃げない。

ハクも吠えない。


まるで待ち合わせをしていたみたいに近づいていく。


「知り合い?」

リツカが聞く。


奈緒は肩をすくめた。

「たぶんね」


「たぶん?」


「神社にいる猫なんだけど」


「神社」


「ハクと妙に仲良いんだよ」


黒猫はちらりとこちらを見た。

そして興味なさそうに視線を戻す。


ハクだけが嬉しそうに尻尾を振っていた。


リツカは白い毛玉を見る。


ハクは誇らしげだった。


神社の境内には、

春の風が吹いている。


葉擦れの音。


鈴の音。


遠くで聞こえる電車。


穏やかな場所だった。


奈緒は鳥居の横へ腰を下ろす。


「ちょっと休も」


リツカも隣へ座った。


石段は少しひんやりしている。


眼下には、

星波町の景色が広がっていた。


青い海。


古い屋根。


細い線路。


ゆっくり動く二両編成。


それを見て、

リツカはぽつりと言う。


「……この町、

音が優しいです」


奈緒が隣を見る。


「音?」


「はい」


リツカは真剣に町を見つめていた。


「波の音も、

電車も、

人の声も……怖くないです」


その言葉に、

奈緒は少しだけ黙る。


リツカは時々、

不思議なくらい切実な顔をする。


まるで。


“怖くない”

こと自体が、

珍しいみたいに。


奈緒は何気ないふうを装って聞いた。


「前いた場所、

そんなに危なかったの」


リツカの指先が、

少しだけ止まる。


答えに困る。


本当のことなんて言えない。


戦。


疫病。


死。


薬師だった自分。


そんな話をしても、

きっと変な人だと思われる。


だから。


「……静かな場所は、

少なかったです」


それだけ答えた。


奈緒はそれ以上聞かなかった。


代わりに空を見上げる。


「まあ、

星波町は暇だからね」


「……いい町です」


即答だった。


奈緒が少し笑う。


「まだ二日目なのに?」


「二日目ですけど」


リツカは海を見る。


風が髪を揺らした。


「ご飯が温かくて、

風が気持ちよくて、

ハクさんが優しいので」


「最後、人じゃないんだ」


奈緒が吹き出す。


その笑い声に、

リツカも少しだけ笑った。


まだ知らないことばかりだ。


文字も読めない。


道も分からない。


この世界の仕組みも理解できない。


でも。


この町にいると、

少しだけ肩の力が抜ける。


そんな気がしていた。

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