表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/138

第三百四日目

餅つきが終わる頃には、


冬の陽射しが広場をやわらかく照らしていた。


「さて。」


フミが大きなお盆を運んでくる。


その上には、


つきたてのお餅が二つ。


丸く、


つやつやと光っている。


「これは食べないのですか?」


リツカが尋ねる。


奈緒は優しく首を振った。


「これは鏡餅になるんだよ。」


「かがみ……もち。」


聞き慣れない言葉を、


ゆっくり口にする。



「ほら、触ってごらん。」


フミが笑いながら言う。


リツカは手を水でぬらし、


そっと餅に触れた。


まだほんのりと温かい。


指先でゆっくり丸く整えていく。


「思ったより難しいですね。」


少し力を入れると、


形が崩れてしまう。


「急がない、急がない。」


フミが手を添えた。


「優しく包むように。」


その一言で、


リツカの手つきが変わる。


丸い餅が、


少しずつ整っていく。


「できました。」


「上手、上手。」


みーちゃんが拍手をした。



大きなお餅を下に。


少し小さなお餅を上に。


「どうして二つ重ねるのですか?」


奈緒は飾り台の上に、


そっと餅を置いた。


「昔の丸い鏡に形が似ているから、


『鏡餅』っていうんだよ。」


「鏡……。」


リツカは小さく頷く。


異世界でも、


鏡は真実を映す神聖な道具として扱われていた。


「それにね。」


フミが続ける。


「重ねるのは、


今年と来年が仲良く続いていきますようにって願いもあるんだ。」


今年と、


来年。


終わりと始まり。


別々ではなく、


つながっている。


その考え方が、


リツカにはとても美しく思えた。



最後に、


奈緒がみかんを一つ持ってきた。


「これは?」


だいだい。」


「代々っていう言葉と音が似ているから、


家族が代々元気でありますようにって願いを込めるんだよ。」


リツカは、


そっと橙を手に取る。


鮮やかな橙色。


冬の光を受けて、


やさしく輝いていた。


「願いも飾るのですね。」


その言葉に、


フミは目を細める。


「そうだよ。」


「お正月の飾りは、


みんな願いの形なんだ。」


しめ飾りも。


門松も。


鏡餅も。


「新しい年が、


良い一年になりますように。」


そんな願いが、


一つひとつに込められている。



家へ戻ると、


床の間に白い布が敷かれた。


鏡餅を、


そっと中央へ置く。


みかんを載せる。


裏白の葉。


ゆずり葉。


小さな紙飾り。


すべてが整うと、


部屋の空気まで凛としたように感じられた。


リツカは静かに見つめる。


食べ物なのに、


食べない。


飾りなのに、


ただ飾るだけではない。


そこには、


目には見えない祈りが宿っていた。



夕暮れ。


縁側から庭を眺める。


空気は冷たい。


けれど、


居間には鏡餅が静かに佇んでいる。


「リツカ。」


奈緒が湯飲みを差し出した。


「新しい年には、


どんな一年になるといい?」


突然の問いだった。


リツカは少し考え、


庭の雪景色を見つめる。


春には桜を見た。


夏には花火を見た。


秋には焼きいもを食べた。


冬には雪で遊んだ。


そして今、


新しい年を迎えようとしている。


ゆっくりと微笑み、


答えた。


「今年よりも、


たくさん笑える一年になると嬉しいです。」


奈緒は静かに頷いた。


「うん。」


「きっと、そうなるよ。」


鏡餅は何も語らない。


けれど、


その白く丸い姿は、


新しい一年への願いを、


静かに見守っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ