第三百一日
翌朝。
まだ吐く息が白い時間。
集会所へ近づくと、
賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「おはよう!」
「今年もよろしく頼むよ!」
「あけましてじゃないぞ、まだ早いぞ。」
あちこちで笑いが起こる。
広場の真ん中には、
大きなかまど。
白い湯気を上げる蒸籠。
そして、
見上げるほど大きな木の臼が据えられていた。
「これが……餅をつく道具。」
リツカは臼の縁をそっと撫でる。
何年も使われてきた木は、
手になじむように滑らかだった。
「もうすぐ蒸し上がるよ。」
町のおばあさんが蓋を開ける。
ふわっ。
真っ白な湯気が立ち上る。
甘いような、
やさしい米の香り。
「いい匂いです。」
リツカは思わず目を細めた。
「もち米っていうんだよ。」
フミが教える。
「今日はこれが、お餅になるんだ。」
◇
蒸し上がったもち米が、
臼へ移される。
「最初はつぶすよ!」
町のおじいさんが杵を握る。
どん。
どん。
力強く押しつぶしていく。
「いきなり叩かないんですね。」
「最初はお米を一つにするんだ。」
奈緒が説明する。
粒だったもち米は、
少しずつ、
一つの白い塊へ変わっていく。
◇
「それじゃあ、いくぞ!」
杵が高く持ち上がる。
「せーの!」
ぺったん!
乾いた冬空に、
気持ちのいい音が響く。
「よいしょ!」
ぺったん!
「よいしょ!」
ぺったん!
子どもたちも、
自然と声を合わせる。
そのリズムは、
まるで歌のようだった。
リツカは目を輝かせる。
「音まで楽しんでいるのですね。」
「そう。」
奈緒が笑う。
「餅つきは、みんなでやるものだから。」
◇
「リツカちゃんもやってみな。」
町のおじいさんが杵を差し出した。
「私が……。」
両手で持つ。
「重い……。」
思った以上の重さに、
少し驚く。
「焦らなくていいよ。」
「みんなで合わせるから。」
奈緒が隣に立つ。
「じゃあ、一緒に。」
「せーの!」
ぺったん。
少し控えめな音。
「もう一回!」
「せーの!」
ぺったん!
今度は、
気持ちよく杵が下りた。
「上手!」
みーちゃんが大きな拍手を送る。
リツカは照れくさそうに笑った。
◇
餅をつく人。
返す人。
火を見守る人。
丸める人。
誰一人、
一人ではできない。
けれど、
みんなで力を合わせれば、
湯気を立てる真っ白なお餅が出来上がる。
「薬づくりと同じですね……。」
リツカは小さくつぶやく。
一人では薬は完成しない。
薬草を育てる人。
採る人。
運ぶ人。
調合する人。
届ける人。
たくさんの手を経て、
ようやく誰かを助ける薬になる。
餅もまた、
人と人をつなぐ食べ物だった。
◇
「できたよー!」
おばあさんたちが、
出来立てのお餅を運んでくる。
湯気が立ち、
つやつやと光っている。
「まずは何もつけずに食べてごらん。」
リツカは小さくちぎって、
口へ運んだ。
「……!」
やわらかい。
それなのに、
しっかりとした弾力。
噛むたびに、
もち米の甘みが広がっていく。
「おいしい……。」
思わず笑みがこぼれる。
すると、
みーちゃんが次々に小皿を並べ始めた。
「まだあるよ!」
「きなこ!」
「あんこ!」
「しょうゆ!」
「のり!」
リツカは驚いて目を丸くした。
「一つのお餅で、
こんなに楽しみ方があるのですね。」
フミはうれしそうに頷く。
「だから毎年楽しみなんだよ。」
湯気の向こうで、
みんなが笑っている。
冬の寒さの中、
人が集まり、
同じものを作り、
同じものを食べる。
その時間こそが、
一年を締めくくる何よりのごちそうなのだと、
リツカは静かに感じていた。




