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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第三百一日

翌朝。


まだ吐く息が白い時間。


集会所へ近づくと、


賑やかな笑い声が聞こえてきた。


「おはよう!」


「今年もよろしく頼むよ!」


「あけましてじゃないぞ、まだ早いぞ。」


あちこちで笑いが起こる。


広場の真ん中には、


大きなかまど。


白い湯気を上げる蒸籠。


そして、


見上げるほど大きな木の臼が据えられていた。


「これが……餅をつく道具。」


リツカは臼の縁をそっと撫でる。


何年も使われてきた木は、


手になじむように滑らかだった。


「もうすぐ蒸し上がるよ。」


町のおばあさんが蓋を開ける。


ふわっ。


真っ白な湯気が立ち上る。


甘いような、


やさしい米の香り。


「いい匂いです。」


リツカは思わず目を細めた。


「もち米っていうんだよ。」


フミが教える。


「今日はこれが、お餅になるんだ。」



蒸し上がったもち米が、


臼へ移される。


「最初はつぶすよ!」


町のおじいさんが杵を握る。


どん。


どん。


力強く押しつぶしていく。


「いきなり叩かないんですね。」


「最初はお米を一つにするんだ。」


奈緒が説明する。


粒だったもち米は、


少しずつ、


一つの白い塊へ変わっていく。



「それじゃあ、いくぞ!」


杵が高く持ち上がる。


「せーの!」


ぺったん!


乾いた冬空に、


気持ちのいい音が響く。


「よいしょ!」


ぺったん!


「よいしょ!」


ぺったん!


子どもたちも、


自然と声を合わせる。


そのリズムは、


まるで歌のようだった。


リツカは目を輝かせる。


「音まで楽しんでいるのですね。」


「そう。」


奈緒が笑う。


「餅つきは、みんなでやるものだから。」



「リツカちゃんもやってみな。」


町のおじいさんが杵を差し出した。


「私が……。」


両手で持つ。


「重い……。」


思った以上の重さに、


少し驚く。


「焦らなくていいよ。」


「みんなで合わせるから。」


奈緒が隣に立つ。


「じゃあ、一緒に。」


「せーの!」


ぺったん。


少し控えめな音。


「もう一回!」


「せーの!」


ぺったん!


今度は、


気持ちよく杵が下りた。


「上手!」


みーちゃんが大きな拍手を送る。


リツカは照れくさそうに笑った。



餅をつく人。


返す人。


火を見守る人。


丸める人。


誰一人、


一人ではできない。


けれど、


みんなで力を合わせれば、


湯気を立てる真っ白なお餅が出来上がる。


「薬づくりと同じですね……。」


リツカは小さくつぶやく。


一人では薬は完成しない。


薬草を育てる人。


採る人。


運ぶ人。


調合する人。


届ける人。


たくさんの手を経て、


ようやく誰かを助ける薬になる。


餅もまた、


人と人をつなぐ食べ物だった。



「できたよー!」


おばあさんたちが、


出来立てのお餅を運んでくる。


湯気が立ち、


つやつやと光っている。


「まずは何もつけずに食べてごらん。」


リツカは小さくちぎって、


口へ運んだ。


「……!」


やわらかい。


それなのに、


しっかりとした弾力。


噛むたびに、


もち米の甘みが広がっていく。


「おいしい……。」


思わず笑みがこぼれる。


すると、


みーちゃんが次々に小皿を並べ始めた。


「まだあるよ!」


「きなこ!」


「あんこ!」


「しょうゆ!」


「のり!」


リツカは驚いて目を丸くした。


「一つのお餅で、


こんなに楽しみ方があるのですね。」


フミはうれしそうに頷く。


「だから毎年楽しみなんだよ。」


湯気の向こうで、


みんなが笑っている。


冬の寒さの中、


人が集まり、


同じものを作り、


同じものを食べる。


その時間こそが、


一年を締めくくる何よりのごちそうなのだと、


リツカは静かに感じていた。

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