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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第三百日

クリスマスが過ぎると、


町の景色は少しずつ変わり始めた。


赤や金色の飾りは片づけられ、


店先には門松やしめ飾りが並ぶ。


薬局へ向かう道でも、


家の前を掃除する人の姿が目立つようになった。


「みなさん、お忙しそうですね。」


リツカが尋ねると、


奈緒は頷いた。


「もうすぐお正月だからね。」


「一年の終わりは、


みんな少し忙しいんだ。」


一年の終わり。


異世界では季節の区切りはあっても、


これほど大きな節目はなかった。


この国では、


新しい年を迎えることそのものが、


一つのお祝いなのだ。



昼過ぎ。


薬局から帰ると、


フミが縁側で障子を外していた。


「おかえり。」


「今日は大掃除だよ。」


「大掃除……?」


「いつもの掃除より、


もう少し丁寧にね。」


奈緒が雑巾を差し出す。


「一年ありがとうって気持ちで、


家をきれいにするんだ。」


「ありがとう……。」


リツカは雑巾を見つめた。


家に、


ありがとう。


物に感謝する習慣は、


どこか薬師の考え方にも似ていた。


薬草を摘むときも、


師は必ず土に一礼していた。


命を分けてもらうことへの感謝。


この家もまた、


一年間、


家族を守り続けてくれたのだ。



窓を拭く。


きゅっ。


きゅっ。


ガラスが少しずつ澄んでいく。


みーちゃんは背伸びをしながら、


低い窓を一生懸命磨いていた。


「見て!」


「ぴかぴか!」


窓の向こうの冬空まで、


いつもより青く見える。


「本当ですね。」


リツカも笑顔になる。


「光が違います。」


「きれいになると、


気持ちも明るくなるでしょう?」


奈緒の言葉に、


リツカは静かに頷いた。



午後になると、


由美が脚立に上り、


高い棚を掃除していた。


「リツカさん、


そっちお願い。」


「はい。」


棚の上には、


古い木箱が一つ置かれていた。


慎重に下ろす。


「これは?」


「おじいちゃんの薬箱。」


フミが懐かしそうに微笑む。


木箱の表面は、


何度も手に触れられたのだろう。


角が丸くなっている。


中には、


古い乳鉢。


小さな薬さじ。


そして、


手書きの薬草の記録帳。


リツカはそっとページを開く。


整った文字。


薬草の名前。


効能。


煎じる時間。


「……。」


思わず見入ってしまう。


「昔はね。」


フミが静かに話し始めた。


「この町には病院が少なくて、


おじいちゃんが薬草でみんなを助けていたんだよ。」


リツカは記録帳を胸に抱いた。


異世界の薬師も、


この町の薬師も、


人を助けたいという願いは同じだった。


時代も、


世界も違う。


それでも、


薬を届ける心は変わらない。


そのことが、


なんだか嬉しかった。



夕方。


掃除を終えた家には、


冬の夕日が差し込んでいた。


窓は輝き、


畳はほんのり金色に染まる。


「終わったー!」


みーちゃんが畳に寝転がる。


奈緒は笑いながら、


温かいほうじ茶を配った。


「お疲れさま。」


湯飲みを手にしたリツカは、


きれいになった部屋を見回した。


同じ家なのに、


少しだけ新しく見える。


「不思議です。」


「掃除をしただけなのに……。」


フミが優しく頷いた。


「新しい年を迎える準備ができたからだね。」


その言葉を聞いたリツカは、


ゆっくりと微笑んだ。


新しい年は、


突然始まるものではない。


迎えるために、


人が心も家も整える。


その積み重ねが、


この国の美しさなのだと、


少しずつ分かり始めていた。


そのとき、


外から威勢のいい声が聞こえてきた。


「おーい、奈緒ちゃん!」


近所のおじいさんが、


笑顔で手を振っている。


「明日は餅つきだからな!」


「朝九時、集会所だぞ!」


みーちゃんは勢いよく立ち上がった。


「やったー!」


「お餅つき!」


リツカは首をかしげる。


「餅を……つく?」


奈緒は楽しそうに笑った。


「明日のお楽しみ。」


「きっと、リツカもびっくりするよ。」


冬の夕暮れに、


どこからか杵で何かを打つような音が、


練習なのか、かすかに響いてきた。


新しい年は、


もうすぐそこまで来ていた。

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