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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第二百九十八日目

クリスマスイブ。


朝から町は、


どこか浮き立っていた。


商店街には、


赤いリボン。


窓には、


小さな雪の飾り。


パン屋からは、


焼きたてのパンの香りが流れてくる。


薬局にも、


患者さんが笑顔でやって来た。


「メリークリスマス。」


「メリークリスマス。」


リツカは少し照れながら、


その言葉を返す。


「めりー……くりすます。」


まだ少したどたどしい。


それでも患者さんは嬉しそうに笑った。


「上手になったね。」


リツカも小さく笑う。



夕方。


仕事を終えて帰ると、


家の中から甘い香りが漂ってきた。


「おかえり。」


奈緒がエプロン姿で迎える。


「今日はみんなでケーキを作るよ。」


「私も……ですか?」


「もちろん。」


台所には、


大きなスポンジケーキ。


真っ白な生クリーム。


真っ赤ないちご。


色とりどりの果物が並んでいた。


「まずはクリームを塗ろう。」


奈緒がお手本を見せる。


へらで、


ゆっくりと広げていく。


「意外と難しいですね。」


リツカも挑戦する。


……。


少し厚いところ。


少し薄いところ。


きれいな丸にはならない。


みーちゃんが覗き込んで、


にこっと笑う。


「山みたい!」


リツカは少し困った顔になる。


「すみません……。」


「謝らなくていいよ。」


奈緒が優しく肩をたたく。


「手作りは、


少しくらい形が違うほうが温かいんだから。」


その言葉に、


リツカの表情が和らいだ。



いちごを並べる。


みーちゃんは、


一番大きないちごを真ん中へ置いた。


「ここが特等席!」


由美はその周りに、


キウイや黄桃を飾っていく。


最後に、


リツカがそっと粉砂糖を振りかけた。


白い粉が、


雪のように舞い降りる。


「きれい……。」


思わずつぶやく。


「完成!」


世界に一つだけの、


少しだけ不揃いなクリスマスケーキができあがった。



夜。


食卓には、


ローストチキン。


サラダ。


温かなスープ。


そして、


みんなで作ったケーキ。


ツリーの明かりが、


部屋を優しく照らしている。


「いただきます。」


みんなで手を合わせる。


笑い声があふれる食卓。


リツカは、


一人ひとりの顔を見つめた。


異世界では、


大勢で食卓を囲むことはほとんどなかった。


食事は、


生きるためのもの。


けれど、


この世界では違う。


食卓は、


心を近づける場所だった。



食事が終わると、


みーちゃんが小さな袋を持ってきた。


「はい!」


「リツカさんに。」


「私に……?」


中には、


羊毛フェルトで作られた小さな白い花が入っていた。


少しいびつで、


少しだけ傾いている。


けれど、


丁寧に作られていることが伝わってきた。


「学校で作ったの。」


「本当はね、


みんなにあげるって先生が言ってたんだけど……。」


みーちゃんは少し照れながら笑う。


「リツカさんにも作りたくなったの。」


リツカは、


しばらく言葉が出なかった。


ゆっくりと、


その小さな花を両手で包む。


「……ありがとうございます。」


その声は、


少し震えていた。


高価な宝石ではない。


魔法の道具でもない。


けれど、


今まで受け取ったどんな贈り物よりも、


心が温かくなった。


奈緒はその様子を静かに見守り、


フミは目を細めて微笑んでいた。


外では、


雪が静かに降り続いている。


ツリーの灯り。


温かな部屋。


笑い声。


そして、


誰かを思って作られた、小さな白い花。


リツカは胸の中で、


そっとつぶやいた。


「贈り物とは……。」


「物ではなく、


気持ちを受け取るものなのですね。」


その夜。


枕元には、


羊毛の小さな花が大切に飾られていた。


リツカにとって、


それはこの世界で初めて受け取った、


忘れることのない冬の贈り物になった。

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