第二百九十八日目
クリスマスイブ。
朝から町は、
どこか浮き立っていた。
商店街には、
赤いリボン。
窓には、
小さな雪の飾り。
パン屋からは、
焼きたてのパンの香りが流れてくる。
薬局にも、
患者さんが笑顔でやって来た。
「メリークリスマス。」
「メリークリスマス。」
リツカは少し照れながら、
その言葉を返す。
「めりー……くりすます。」
まだ少したどたどしい。
それでも患者さんは嬉しそうに笑った。
「上手になったね。」
リツカも小さく笑う。
◇
夕方。
仕事を終えて帰ると、
家の中から甘い香りが漂ってきた。
「おかえり。」
奈緒がエプロン姿で迎える。
「今日はみんなでケーキを作るよ。」
「私も……ですか?」
「もちろん。」
台所には、
大きなスポンジケーキ。
真っ白な生クリーム。
真っ赤ないちご。
色とりどりの果物が並んでいた。
「まずはクリームを塗ろう。」
奈緒がお手本を見せる。
へらで、
ゆっくりと広げていく。
「意外と難しいですね。」
リツカも挑戦する。
……。
少し厚いところ。
少し薄いところ。
きれいな丸にはならない。
みーちゃんが覗き込んで、
にこっと笑う。
「山みたい!」
リツカは少し困った顔になる。
「すみません……。」
「謝らなくていいよ。」
奈緒が優しく肩をたたく。
「手作りは、
少しくらい形が違うほうが温かいんだから。」
その言葉に、
リツカの表情が和らいだ。
◇
いちごを並べる。
みーちゃんは、
一番大きないちごを真ん中へ置いた。
「ここが特等席!」
由美はその周りに、
キウイや黄桃を飾っていく。
最後に、
リツカがそっと粉砂糖を振りかけた。
白い粉が、
雪のように舞い降りる。
「きれい……。」
思わずつぶやく。
「完成!」
世界に一つだけの、
少しだけ不揃いなクリスマスケーキができあがった。
◇
夜。
食卓には、
ローストチキン。
サラダ。
温かなスープ。
そして、
みんなで作ったケーキ。
ツリーの明かりが、
部屋を優しく照らしている。
「いただきます。」
みんなで手を合わせる。
笑い声があふれる食卓。
リツカは、
一人ひとりの顔を見つめた。
異世界では、
大勢で食卓を囲むことはほとんどなかった。
食事は、
生きるためのもの。
けれど、
この世界では違う。
食卓は、
心を近づける場所だった。
◇
食事が終わると、
みーちゃんが小さな袋を持ってきた。
「はい!」
「リツカさんに。」
「私に……?」
中には、
羊毛フェルトで作られた小さな白い花が入っていた。
少しいびつで、
少しだけ傾いている。
けれど、
丁寧に作られていることが伝わってきた。
「学校で作ったの。」
「本当はね、
みんなにあげるって先生が言ってたんだけど……。」
みーちゃんは少し照れながら笑う。
「リツカさんにも作りたくなったの。」
リツカは、
しばらく言葉が出なかった。
ゆっくりと、
その小さな花を両手で包む。
「……ありがとうございます。」
その声は、
少し震えていた。
高価な宝石ではない。
魔法の道具でもない。
けれど、
今まで受け取ったどんな贈り物よりも、
心が温かくなった。
奈緒はその様子を静かに見守り、
フミは目を細めて微笑んでいた。
外では、
雪が静かに降り続いている。
ツリーの灯り。
温かな部屋。
笑い声。
そして、
誰かを思って作られた、小さな白い花。
リツカは胸の中で、
そっとつぶやいた。
「贈り物とは……。」
「物ではなく、
気持ちを受け取るものなのですね。」
その夜。
枕元には、
羊毛の小さな花が大切に飾られていた。
リツカにとって、
それはこの世界で初めて受け取った、
忘れることのない冬の贈り物になった。




