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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第二百九十一日目②

庭には、


まだ誰の足跡もなかった。


真っ白な雪が、


朝の光を受けてきらきらと輝いている。


「最初の一歩、どうぞ。」


奈緒が微笑む。


リツカは少し戸惑いながら、


雪の上へ足を下ろした。


きゅっ。


静かな音。


振り返ると、


一つだけ足跡が残っている。


「私が歩いた跡です。」


「そう。」


「今日だけの道だよ。」


明日には、


きっと消えてしまう。


だからこそ、


少しだけ愛おしく思えた。


「リツカさん!」


みーちゃんが駆け寄ってくる。


「雪だるま作ろう!」


「どうやって作るのですか?」


「まずは雪を丸めるの!」


みーちゃんは雪を両手で集め、


小さな玉を作る。


ころころ。


雪の上を転がす。


転がすたびに、


雪が少しずつ付いていく。


「大きくなった!」


「本当です。」


リツカも真似をしてみる。


ころ。


ころころ。


転がすたび、


雪が集まり、


丸が大きくなる。


「面白いですね。」


「雪が自分から集まってきます。」


奈緒が笑う。


「転がした分だけ、大きくなるんだよ。」


努力が形になる。


そんなところも、


どこか薬づくりに似ていた。



しばらくすると、


大小二つの雪玉ができあがった。


「よいしょ。」


奈緒と由美が上の雪玉を持ち上げる。


ぽん。


大きな雪玉の上に乗せる。


「できた!」


みーちゃんが拍手する。


「まだだよ。」


奈緒は庭の小枝を拾う。


腕を付ける。


黒い石で目を作る。


にんじんを鼻にする。


最後に、


古いバケツを帽子代わりに乗せた。


「完成。」


庭に、


にこにこと笑う雪だるまが立っていた。


リツカは思わず近づく。


「雪なのに……。」


「笑っています。」


「見る人が笑顔になるようにね。」


フミが優しく言う。


リツカは雪だるまを見つめた。


魔法で作った人形ではない。


命もない。


それでも、


見ているだけで心が温かくなる。


そんなものがあるのだと知った。



その時。


ぽすっ。


何かが肩に当たった。


「……?」


振り向く。


みーちゃんが両手を口に当て、


笑いをこらえていた。


「えへへ。」


足元には、


小さな雪玉。


「雪玉です。」


リツカが拾い上げる。


「そう!」


「雪合戦!」


「合戦……。」


一瞬だけ、


リツカの表情が真剣になる。


「勝負ですか。」


奈緒が吹き出した。


「そんなに構えなくても大丈夫。」


「優しく投げる遊びだよ。」


リツカは雪玉を見つめる。


ふわふわで、


軽い。


これなら痛くない。


「では……。」


そっと投げる。


ふわっ。


雪玉は、


みーちゃんの足元に落ちた。


「あはは!」


「リツカさん、やさしすぎ!」


「こうだよ!」


ぽふっ。


今度は、


リツカの腕に雪玉が当たる。


冷たい。


けれど、


思わず笑ってしまった。


「なるほど。」


「こういう遊びなのですね。」


今度は少しだけ力を入れる。


ぽふ。


雪玉は、


みーちゃんの帽子に当たり、


ぱっと崩れた。


「やったー!」


「当たった!」


みーちゃんは嬉しそうに跳びはねる。


その声につられて、


奈緒も、


由美も、


フミも笑い出した。


庭には、


笑い声が響く。


白い雪の上に、


いくつもの足跡。


雪だるまは、


その様子を静かに見守っていた。


リツカも笑っていた。


異世界へ来てから、


初めて声を上げて笑ったかもしれない。


その笑顔を見た奈緒は、


誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。


「よかった。」


その一言には、


たくさんの願いが込められていた。


雪は、


静かに降り続いていた。


白い世界は、


今日だけの思い出を、


そっと包み込んでいた。

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