第二百九十一日目②
庭には、
まだ誰の足跡もなかった。
真っ白な雪が、
朝の光を受けてきらきらと輝いている。
「最初の一歩、どうぞ。」
奈緒が微笑む。
リツカは少し戸惑いながら、
雪の上へ足を下ろした。
きゅっ。
静かな音。
振り返ると、
一つだけ足跡が残っている。
「私が歩いた跡です。」
「そう。」
「今日だけの道だよ。」
明日には、
きっと消えてしまう。
だからこそ、
少しだけ愛おしく思えた。
「リツカさん!」
みーちゃんが駆け寄ってくる。
「雪だるま作ろう!」
「どうやって作るのですか?」
「まずは雪を丸めるの!」
みーちゃんは雪を両手で集め、
小さな玉を作る。
ころころ。
雪の上を転がす。
転がすたびに、
雪が少しずつ付いていく。
「大きくなった!」
「本当です。」
リツカも真似をしてみる。
ころ。
ころころ。
転がすたび、
雪が集まり、
丸が大きくなる。
「面白いですね。」
「雪が自分から集まってきます。」
奈緒が笑う。
「転がした分だけ、大きくなるんだよ。」
努力が形になる。
そんなところも、
どこか薬づくりに似ていた。
◇
しばらくすると、
大小二つの雪玉ができあがった。
「よいしょ。」
奈緒と由美が上の雪玉を持ち上げる。
ぽん。
大きな雪玉の上に乗せる。
「できた!」
みーちゃんが拍手する。
「まだだよ。」
奈緒は庭の小枝を拾う。
腕を付ける。
黒い石で目を作る。
にんじんを鼻にする。
最後に、
古いバケツを帽子代わりに乗せた。
「完成。」
庭に、
にこにこと笑う雪だるまが立っていた。
リツカは思わず近づく。
「雪なのに……。」
「笑っています。」
「見る人が笑顔になるようにね。」
フミが優しく言う。
リツカは雪だるまを見つめた。
魔法で作った人形ではない。
命もない。
それでも、
見ているだけで心が温かくなる。
そんなものがあるのだと知った。
◇
その時。
ぽすっ。
何かが肩に当たった。
「……?」
振り向く。
みーちゃんが両手を口に当て、
笑いをこらえていた。
「えへへ。」
足元には、
小さな雪玉。
「雪玉です。」
リツカが拾い上げる。
「そう!」
「雪合戦!」
「合戦……。」
一瞬だけ、
リツカの表情が真剣になる。
「勝負ですか。」
奈緒が吹き出した。
「そんなに構えなくても大丈夫。」
「優しく投げる遊びだよ。」
リツカは雪玉を見つめる。
ふわふわで、
軽い。
これなら痛くない。
「では……。」
そっと投げる。
ふわっ。
雪玉は、
みーちゃんの足元に落ちた。
「あはは!」
「リツカさん、やさしすぎ!」
「こうだよ!」
ぽふっ。
今度は、
リツカの腕に雪玉が当たる。
冷たい。
けれど、
思わず笑ってしまった。
「なるほど。」
「こういう遊びなのですね。」
今度は少しだけ力を入れる。
ぽふ。
雪玉は、
みーちゃんの帽子に当たり、
ぱっと崩れた。
「やったー!」
「当たった!」
みーちゃんは嬉しそうに跳びはねる。
その声につられて、
奈緒も、
由美も、
フミも笑い出した。
庭には、
笑い声が響く。
白い雪の上に、
いくつもの足跡。
雪だるまは、
その様子を静かに見守っていた。
リツカも笑っていた。
異世界へ来てから、
初めて声を上げて笑ったかもしれない。
その笑顔を見た奈緒は、
誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。
「よかった。」
その一言には、
たくさんの願いが込められていた。
雪は、
静かに降り続いていた。
白い世界は、
今日だけの思い出を、
そっと包み込んでいた。




