第二百八十九日目
クリスマスまで、
あと一週間。
薬局からの帰り道。
商店街には、
赤いリボンや小さな電飾が増えていた。
夕方になると、
あちこちで温かな光が灯る。
「リツカさん!」
学校帰りのみーちゃんが、
ランドセルを揺らしながら駆け寄ってきた。
「ねえ、知ってる?」
「何をですか?」
「サンタさん!」
リツカは少し考え込む。
「……サンタさん。」
初めて聞く名前だった。
「町長さんのお知り合いでしょうか。」
「違うよ!」
みーちゃんが声を上げて笑う。
奈緒も吹き出した。
「サンタクロースっていう人なんだ。」
「クリスマスの夜に、
子どもたちへプレゼントを届けてくれるって言われてるの。」
「一晩で、ですか。」
「うん。」
「世界中を?」
「そう!」
リツカは真剣な表情になる。
「それは……。」
少し考え、
静かに答えた。
「高度な転移魔法でしょうか。」
一瞬、
その場が静まり返る。
そして。
「あははは!」
奈緒とみーちゃん、
由美まで声を上げて笑い始めた。
「リツカさんらしい!」
みーちゃんはお腹を抱えている。
リツカは首をかしげた。
「違うのですか?」
「うーん。」
奈緒は笑いをこらえながら答える。
「魔法じゃないよ。」
「夢、かな。」
「夢……。」
リツカはその言葉を繰り返した。
異世界では、
夢よりも魔法の方が現実だった。
でも、
この世界では違う。
本当かどうかより、
信じる気持ちを大切にしている。
それが少し不思議で、
少し素敵だと思えた。
◇
家へ帰ると、
縁側でフミが毛糸を編んでいた。
「何を編んでいるのですか?」
「みーちゃんのマフラーだよ。」
赤い毛糸が、
少しずつ形になっていく。
「クリスマスまでには完成させたいねぇ。」
一本の糸が、
誰かを温めるものへ変わっていく。
その様子を見つめながら、
リツカはふと思った。
プレゼントとは、
高価なものではなく、
相手を思って用意する時間そのものなのかもしれない。
◇
夕食のあと。
こたつを囲みながら、
みーちゃんが目を輝かせる。
「リツカさんは、
サンタさんに何をお願いする?」
突然の質問だった。
リツカは少し困ったように考える。
欲しいもの。
異世界では、
必要なものを集める毎日だった。
「ありませんか?」
奈緒が優しく尋ねる。
リツカはしばらく黙り、
ゆっくりと首を横に振った。
「今は……。」
こたつの温もり。
笑い声。
湯気の立つみかん茶。
編み物をするフミ。
宿題をするみーちゃん。
新聞を読む由美。
その景色を見回して、
穏やかに微笑んだ。
「もう、たくさんいただいています。」
部屋が静かになる。
奈緒は少しだけ目を潤ませ、
照れ隠しのように笑った。
「それじゃあ、
サンタさんも安心だね。」
外では、
冷たい冬の風が吹いていた。
けれど家の中は、
こたつよりも温かな空気に包まれていた。
クリスマスまで、
あと少し。
リツカの初めての冬は、
ゆっくりと、
優しく近づいていた。




