第二百七十三日
十二月。
朝の風は、
もう冬の匂いだった。
薬局へ向かう道でも、
吐く息が白くなる。
リツカは両手を息で温めながら歩いていた。
「手袋、貸そうか?」
奈緒が声を掛ける。
「大丈夫です。」
そう答えたものの、
指先は少しかじかんでいた。
奈緒は笑いながら、
自分の鞄から毛糸の手袋を取り出す。
「遠慮しない。」
「ほら。」
ふわり。
手袋は驚くほど柔らかかった。
「……温かい。」
「羊毛だからね。」
リツカは指をゆっくり動かす。
魔法で温めた熱とは違う。
誰かが編んだ温もりが、
そこにはあった。
◇
薬局を閉めた帰り道。
町の商店街は、
いつもより賑やかだった。
店先には、
赤い飾り。
緑の葉。
金色の鈴。
「今日は何かあるのですか?」
リツカが尋ねる。
奈緒は笑顔で答えた。
「もうすぐクリスマスだからね。」
「くりすます。」
聞き慣れない言葉を、
ゆっくり繰り返す。
「みんなで冬を楽しむ日。」
「おいしいものを食べたり、
プレゼントを贈ったりするんだ。」
プレゼント。
物を贈る日。
それもまた、
この国の行事らしかった。
◇
買い物を終えて帰る途中。
広場で足が止まる。
そこには、
一本の大きな木が立っていた。
まだ飾りは付いていない。
けれど、
町の人たちが脚立を立て、
楽しそうに準備をしている。
「今年も始まるねぇ。」
フミが目を細める。
子どもたちも集まり、
箱を運んでいた。
「何をしているのですか?」
「クリスマスツリーを飾るんだよ。」
ツリー。
リツカは木を見上げる。
夏に見たひまわり。
秋に見た紅葉。
どちらとも違う。
冬の木だった。
その時。
「リツカさん!」
みーちゃんが箱を抱えて走ってくる。
「手伝って!」
箱の中には、
丸いガラス玉。
星。
赤いリボン。
小さな木の人形。
どれも、
きらきら光っていた。
「これは……。」
「飾り!」
みーちゃんは嬉しそうに一つ取り出す。
金色の星だった。
「高いところに付けるの!」
奈緒が笑う。
「リツカ、背が高いからお願い。」
「私がですか。」
脚立へ上る。
冬の風が少し冷たい。
枝に、
金色の星をそっと掛ける。
揺れる。
陽の光を受け、
小さく輝いた。
「きれい……。」
思わず呟く。
木は花を咲かせていない。
実も付いていない。
それなのに、
人が飾ることで、
こんなにも美しくなる。
「冬はね。」
奈緒が空を見上げる。
「花が少ない季節だから。」
「だから人が、
少しだけ景色を明るくするんだ。」
リツカはツリーを見つめた。
春は、
自然が色をくれた。
夏は、
空が色をくれた。
秋は、
山が色をくれた。
そして冬は、
人が色を添える。
その優しさが、
胸にじんわりと広がった。
夕暮れになる頃、
飾り付けは終わった。
最後に明かりが灯る。
ぱっ。
小さな光が一本、
また一本。
やがて、
ツリー全体が温かな光に包まれた。
みーちゃんが歓声を上げる。
「きれーい!」
町の人たちも立ち止まり、
自然と笑顔になる。
リツカはその景色を見つめながら、
静かに思った。
冬は寒い季節。
けれど、
人は温かな灯りを作ることができる。
それは、
魔法ではなく、
誰かを想う心が生み出す光だった。




