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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第二百七十三日

十二月。


朝の風は、


もう冬の匂いだった。


薬局へ向かう道でも、


吐く息が白くなる。


リツカは両手を息で温めながら歩いていた。


「手袋、貸そうか?」


奈緒が声を掛ける。


「大丈夫です。」


そう答えたものの、


指先は少しかじかんでいた。


奈緒は笑いながら、


自分の鞄から毛糸の手袋を取り出す。


「遠慮しない。」


「ほら。」


ふわり。


手袋は驚くほど柔らかかった。


「……温かい。」


「羊毛だからね。」


リツカは指をゆっくり動かす。


魔法で温めた熱とは違う。


誰かが編んだ温もりが、


そこにはあった。



薬局を閉めた帰り道。


町の商店街は、


いつもより賑やかだった。


店先には、


赤い飾り。


緑の葉。


金色の鈴。


「今日は何かあるのですか?」


リツカが尋ねる。


奈緒は笑顔で答えた。


「もうすぐクリスマスだからね。」


「くりすます。」


聞き慣れない言葉を、


ゆっくり繰り返す。


「みんなで冬を楽しむ日。」


「おいしいものを食べたり、


プレゼントを贈ったりするんだ。」


プレゼント。


物を贈る日。


それもまた、


この国の行事らしかった。



買い物を終えて帰る途中。


広場で足が止まる。


そこには、


一本の大きな木が立っていた。


まだ飾りは付いていない。


けれど、


町の人たちが脚立を立て、


楽しそうに準備をしている。


「今年も始まるねぇ。」


フミが目を細める。


子どもたちも集まり、


箱を運んでいた。


「何をしているのですか?」


「クリスマスツリーを飾るんだよ。」


ツリー。


リツカは木を見上げる。


夏に見たひまわり。


秋に見た紅葉。


どちらとも違う。


冬の木だった。


その時。


「リツカさん!」


みーちゃんが箱を抱えて走ってくる。


「手伝って!」


箱の中には、


丸いガラス玉。


星。


赤いリボン。


小さな木の人形。


どれも、


きらきら光っていた。


「これは……。」


「飾り!」


みーちゃんは嬉しそうに一つ取り出す。


金色の星だった。


「高いところに付けるの!」


奈緒が笑う。


「リツカ、背が高いからお願い。」


「私がですか。」


脚立へ上る。


冬の風が少し冷たい。


枝に、


金色の星をそっと掛ける。


揺れる。


陽の光を受け、


小さく輝いた。


「きれい……。」


思わず呟く。


木は花を咲かせていない。


実も付いていない。


それなのに、


人が飾ることで、


こんなにも美しくなる。


「冬はね。」


奈緒が空を見上げる。


「花が少ない季節だから。」


「だから人が、


少しだけ景色を明るくするんだ。」


リツカはツリーを見つめた。


春は、


自然が色をくれた。


夏は、


空が色をくれた。


秋は、


山が色をくれた。


そして冬は、


人が色を添える。


その優しさが、


胸にじんわりと広がった。


夕暮れになる頃、


飾り付けは終わった。


最後に明かりが灯る。


ぱっ。


小さな光が一本、


また一本。


やがて、


ツリー全体が温かな光に包まれた。


みーちゃんが歓声を上げる。


「きれーい!」


町の人たちも立ち止まり、


自然と笑顔になる。


リツカはその景色を見つめながら、


静かに思った。


冬は寒い季節。


けれど、


人は温かな灯りを作ることができる。


それは、


魔法ではなく、


誰かを想う心が生み出す光だった。

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