第二百三十日目
焼きいもを楽しんでから、
数日が過ぎた。
朝。
玄関を開けたリツカは、
思わず肩をすくめた。
「寒い……。」
吐いた息が、
白く空へ溶けていく。
庭の草には、
小さな露が光っていた。
「もう朝は冷えるねぇ。」
フミが毛糸の肩掛けを羽織りながら、
庭へ出てくる。
「秋も終わりだよ。」
リツカは空を見上げた。
高かった空は、
どこか冬の色を帯び始めている。
◇
朝食を終えると、
奈緒が物置の戸を開けた。
「今日は冬支度。」
「冬支度?」
「うん。
寒くなる前に、
いろいろ準備するんだ。」
物置の中には、
夏の間しまわれていた道具や、
冬に使うものがきちんと並んでいる。
厚手の毛布。
湯たんぽ。
火鉢。
大きな土鍋。
「こんなにたくさん……。」
「冬は寒いからね。」
奈緒は笑いながら、
湯たんぽを取り出した。
「これは夜のお供。」
「お湯を入れて布団に入れると、
朝までぽかぽかなんだよ。」
リツカは丸い金属の湯たんぽを手に取る。
ひんやりとしている。
「お湯だけで温かくなるのですか?」
「そう。」
「魔法は使わないけど、
ちゃんと朝まで温かい。」
リツカは微笑んだ。
この世界の人たちは、
魔法がなくても、
知恵で暮らしを豊かにしている。
それが、
少し誇らしく思えた。
◇
午後。
みんなで縁側の障子を外し、
丁寧に拭いていく。
由美は窓を磨き、
みーちゃんは雑巾をぎゅっと絞る。
「リツカさん、見て!」
雑巾を持った手は、
もうびしょびしょだった。
「私より雑巾のほうが水を飲んじゃった!」
「それでは拭けませんね。」
リツカが笑うと、
みーちゃんも声を上げて笑った。
庭では、
ハクが落ち葉を追いかけている。
風が吹くたび、
一枚、
また一枚。
赤い葉が舞い、
冬の足音を知らせていた。
◇
夕方。
縁側に腰掛ける。
温かいほうじ茶が湯気を立てている。
「最近、
暗くなるのが早くなったね。」
奈緒の言葉に、
リツカは西の空を見た。
山の向こうへ沈む夕日。
夏よりずっと早い。
「本当ですね。」
「一日が短くなりました。」
「でもね。」
フミが湯飲みを包み込むように持ちながら言う。
「冬は夜が長いぶん、
みんなでゆっくり話せるんだよ。」
その言葉に、
リツカは静かに頷いた。
急いで過ごす季節もある。
ゆっくり過ごす季節もある。
どちらも大切なのだ。
ふと、
庭の柿の木を見る。
葉はほとんど落ち、
枝だけになっていた。
けれど、
寂しいとは思わなかった。
春になれば、
また新しい葉が芽吹くことを、
もう知っているから。
リツカは湯飲みを両手で包み、
その温もりを感じた。
季節は巡る。
人も、
暮らしも、
少しずつ変わっていく。
その変化を楽しめるようになった自分が、
少しだけ嬉しかった。
すると玄関のほうから、
みーちゃんの元気な声が響いた。
「お母さーん!」
「学校でね、
『もうすぐクリスマスですね』って先生が言ってた!」
奈緒とフミは顔を見合わせ、
思わず笑う。
「そろそろツリーを出そうか。」
「つりー……?」
また、
リツカの知らない冬が始まろうとしていた。




