第二百十日目④
ぱちっ。
ぱちぱちっ。
焚き火は、
穏やかな音を立てて燃えていた。
煙の香りが、
秋風に乗って流れていく。
みーちゃんは焚き火の前を、
何度ものぞき込んでいる。
「まだかなぁ。」
「まだ。」
奈緒が笑う。
「焼きいもは待つのも大事。」
「うぅ……。」
みーちゃんは口をとがらせた。
その様子に、
みんながくすっと笑う。
リツカは炎を見つめていた。
火は急がない。
ゆっくり。
少しずつ。
中まで温めていく。
薬を煎じる時も同じだった。
強い火ではなく、
穏やかな火が薬効を引き出す。
「似ていますね。」
思わずつぶやく。
「何が?」
奈緒が尋ねる。
「薬も、焼きいもも。」
「急ぐと、
本当の良さが出ないのですね。」
奈緒は目を細めた。
「そうだね。」
「だから、昔の人は待つ時間も楽しんだんだろうね。」
◇
しばらくすると、
おじいさんが火ばさみを手に立ち上がった。
「そろそろかな。」
灰の中から、
銀色の包みを一つ取り出す。
「熱いよ。」
軍手越しでも、
熱が伝わってくる。
アルミホイルを少し開く。
ふわっ。
白い湯気が立ちのぼった。
その瞬間。
辺りいっぱいに、
甘い香りが広がる。
「わぁ……。」
みーちゃんが目を輝かせた。
リツカも思わず息をのむ。
「こんな香りに……。」
さつまいもとは思えないほど、
優しい甘い匂いだった。
奈緒が焼きいもを半分に割る。
ほくっ。
黄金色の中身が姿を現した。
湯気がゆらゆらと立ち上る。
「きれい……。」
リツカの口から、
自然と言葉がこぼれた。
まるで、
秋の夕焼けを閉じ込めたような色だった。
◇
「はい。」
奈緒が半分を差し出す。
「熱いから気を付けて。」
リツカは両手で受け取る。
じんわりと、
手のひらが温かい。
ふう。
ふう。
少し息を吹きかける。
一口。
ほろり。
口の中でほどける。
甘い。
砂糖ではない。
蜜でもない。
芋そのものの甘さだった。
「……おいしいです。」
その一言に、
みんなが笑顔になる。
「でしょ?」
フミが嬉しそうに頷く。
「秋はこれを食べないと始まらないんだよ。」
◇
「リツカさん!」
みーちゃんが焼きいもを掲げる。
「見て!」
真ん中から、
きれいに二つに割れている。
「半分こ!」
「はい。」
リツカも笑顔で頷いた。
二人で、
半分ずつ交換する。
「こっちの方が大きい!」
「少しだけですよ。」
「じゃあ、こっちもあげる!」
そんなやり取りに、
奈緒たちは笑い声を上げた。
焼きいもは、
一人で一つ食べてもおいしい。
でも、
半分こすると、
もっとおいしい。
そんな気がした。
◇
食べ終えたあとも、
みんなは焚き火を囲んで座っていた。
炎は少しずつ小さくなり、
赤い熾火へ変わっていく。
秋風は冷たい。
けれど、
頬は温かかった。
リツカは空を見上げる。
澄んだ青空。
舞い落ちる一枚の紅葉。
焚き火の煙。
手の中に残る、
焼きいものぬくもり。
秋は、
収穫の季節。
けれど、
それだけではない。
誰かと分け合うことで、
おいしさも、
温かさも、
少しだけ大きくなる季節なのだと、
リツカは静かに思った。
その帰り道。
みーちゃんはリツカの手を握り、
小さく笑った。
「また来年も、一緒に焼きいもしようね。」
リツカは少し驚き、
そして穏やかに微笑んだ。
「はい。」
「来年も。」
その約束は、
秋の夕暮れの中で、
焚き火の残り火のように、
優しく心に灯り続けた。




