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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん


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第二百十日目④

ぱちっ。


ぱちぱちっ。


焚き火は、


穏やかな音を立てて燃えていた。


煙の香りが、


秋風に乗って流れていく。


みーちゃんは焚き火の前を、


何度ものぞき込んでいる。


「まだかなぁ。」


「まだ。」


奈緒が笑う。


「焼きいもは待つのも大事。」


「うぅ……。」


みーちゃんは口をとがらせた。


その様子に、


みんながくすっと笑う。


リツカは炎を見つめていた。


火は急がない。


ゆっくり。


少しずつ。


中まで温めていく。


薬を煎じる時も同じだった。


強い火ではなく、


穏やかな火が薬効を引き出す。


「似ていますね。」


思わずつぶやく。


「何が?」


奈緒が尋ねる。


「薬も、焼きいもも。」


「急ぐと、


本当の良さが出ないのですね。」


奈緒は目を細めた。


「そうだね。」


「だから、昔の人は待つ時間も楽しんだんだろうね。」



しばらくすると、


おじいさんが火ばさみを手に立ち上がった。


「そろそろかな。」


灰の中から、


銀色の包みを一つ取り出す。


「熱いよ。」


軍手越しでも、


熱が伝わってくる。


アルミホイルを少し開く。


ふわっ。


白い湯気が立ちのぼった。


その瞬間。


辺りいっぱいに、


甘い香りが広がる。


「わぁ……。」


みーちゃんが目を輝かせた。


リツカも思わず息をのむ。


「こんな香りに……。」


さつまいもとは思えないほど、


優しい甘い匂いだった。


奈緒が焼きいもを半分に割る。


ほくっ。


黄金色の中身が姿を現した。


湯気がゆらゆらと立ち上る。


「きれい……。」


リツカの口から、


自然と言葉がこぼれた。


まるで、


秋の夕焼けを閉じ込めたような色だった。



「はい。」


奈緒が半分を差し出す。


「熱いから気を付けて。」


リツカは両手で受け取る。


じんわりと、


手のひらが温かい。


ふう。


ふう。


少し息を吹きかける。


一口。


ほろり。


口の中でほどける。


甘い。


砂糖ではない。


蜜でもない。


芋そのものの甘さだった。


「……おいしいです。」


その一言に、


みんなが笑顔になる。


「でしょ?」


フミが嬉しそうに頷く。


「秋はこれを食べないと始まらないんだよ。」



「リツカさん!」


みーちゃんが焼きいもを掲げる。


「見て!」


真ん中から、


きれいに二つに割れている。


「半分こ!」


「はい。」


リツカも笑顔で頷いた。


二人で、


半分ずつ交換する。


「こっちの方が大きい!」


「少しだけですよ。」


「じゃあ、こっちもあげる!」


そんなやり取りに、


奈緒たちは笑い声を上げた。


焼きいもは、


一人で一つ食べてもおいしい。


でも、


半分こすると、


もっとおいしい。


そんな気がした。



食べ終えたあとも、


みんなは焚き火を囲んで座っていた。


炎は少しずつ小さくなり、


赤い熾火へ変わっていく。


秋風は冷たい。


けれど、


頬は温かかった。


リツカは空を見上げる。


澄んだ青空。


舞い落ちる一枚の紅葉。


焚き火の煙。


手の中に残る、


焼きいものぬくもり。


秋は、


収穫の季節。


けれど、


それだけではない。


誰かと分け合うことで、


おいしさも、


温かさも、


少しだけ大きくなる季節なのだと、


リツカは静かに思った。


その帰り道。


みーちゃんはリツカの手を握り、


小さく笑った。


「また来年も、一緒に焼きいもしようね。」


リツカは少し驚き、


そして穏やかに微笑んだ。


「はい。」


「来年も。」


その約束は、


秋の夕暮れの中で、


焚き火の残り火のように、


優しく心に灯り続けた。

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