島津義弘くんと島津家久くん 黄金の退き口 〜薩摩の香りに家康は震えた〜
関ヶ原で西軍が負けて、島津義弘くんは焦っていた。めちゃんこ、焦っていた。
西軍が負けた。西軍に属していた義弘くん。早く関が原を脱出しなければならない。彼がとった恐るべき方法はマテガリだった。義弘くんは正面を突破して逃げる道を選んだのだ。
マテガリ・・それは古くから島津に伝わる恐るべき戦法。兵士自らが黄金の液体をを被り、追撃する相手に抱きつくという戦法なのだ。鉄砲を持っている兵士は恐れおののき撃つこともできず、逃げ惑い、刀、槍など黄金の液体の前では無力に等しかった。
そんなこんなで、薩摩まで逃げ帰った義弘くんと生き残った兵士たち。
義弘の子供の家久くん。
「臭い!父ちゃん、もう隠居して」
早々に隠居させて、義弘くんの後を継いだ家久くん。
「で、どうします」
「何が?」
「これからのことですよ。うち、一応、西軍だったんで、ただではすみませんよ」
「うん。よし・・・降伏しよう」
「降伏ですか?島津の意地をみせて、もう一度、徳川家康くんと戦うとかじゃ・・・」
「バカなの。お前、また、本州まで行くの?だるいじゃん。よし、そうと決まれば降伏のお手紙を書くぞ」
「は・・・はあ・・」
拝啓。徳川家康くん。関ヶ原では失礼したね。父ちゃんはもう隠居させたし、もう逆らいません。でも、島津の領地は一石も渡さないよ。なんなら、薩摩までくる?黄金の雨をお見舞いするよ。
島津家久より。
それを読んだ徳川家康くん。家康くんが黄金の雨にビビって島津をそのままにしたことが、幕末、徳川家を瓦解させることになろうとは、家康くんには知るよしもないことでした。
おわり
「ついに島津義弘が黄金を纏いました。歴史の教科書には載っていない、真実の『退き口』をご堪能ください。あ、読み終わった後は石鹸で手を洗うことをおすすめします」
真面目な戦国も書いてます
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『ある薬師の一生 〜浅井万福丸の生存ルート〜』
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※こちらはIQを捨てていません




