8.第二章 まる エピソード2
「真理との久しぶりの再会に、乾杯」
「うん、乾杯」
カチンと、ビールのジョッキが合わさる音。
ここは、実家の最寄り駅近くの居酒屋。前に、中学校時代の友人の美里と飲みに行く約束をしていて、美里の方から誘ってきたのだった。
忘年会シーズン前の居酒屋は、空いていた。それに気を良くした美里は、仕事のことや恋愛のことなどを、積もり積もった話を吐き出すように喋る。それを、私はいつものように、ただ相槌を打ちながら聞いていた。
この美里、実は保育士として、地元のこども園で働いている。折からの人手不足の影響で、仕事は忙しいようだったが、もともと子供が好きだった美里は、天職を得たと言わんばかりに明るい笑顔を浮かべている。
そんな美里の右手の薬指には、シルバーの指輪がはまっている。高校時代に付き合い始めた彼氏と、未だに交際が続いていて、私も前に紹介してもらったことがあったが、やや控えめな好青年と言った感じの相手は、いかにも明るくて積極的な美里には合っていると思った。お互いの口から、二人の将来について触れる機会も多いと言うから、そろそろゴールインを果たすのだろうか。まさに、今が人生で最も輝いているといった感じで、そんなものとは無縁の私にとっては、羨ましい限り。
だけど、よく恋愛ドラマなんかで、幸せの絶頂にいる友人のことを恨めしく思うシーンが出てきたりするが、不思議にも美里に対してそのような感情を抱いたことは、未だかつてなかった。きっと、美里はそういう友人だと、私の心の中で割り切っているのだろう。
美里は、すでに一杯目のビールを飲み干して、カクテルを手にしている。鮮やかな赤のカシスオレンジ。今の美里にピッタリな飲み物だと思った。
「真理は、最近どうなの? 変わったことはないの?」
散々自分のことを喋った後に、私のことを訊いてくるのはいつもの流れ。私は、まだ三分の一ほど残っている一杯目のビールをひと口飲むと、何を話そうかと視線を宙に遣りながら逡巡した。
仕事のことを話そうかと思ったが、どうせ「そんなことでクヨクヨしていちゃ駄目」と言って、ばっさり切られてしまうだろうから触れないことにして、その代わりに猫のことを話そうと思った。最近、私のまわりで変わったことと言えば、やはり猫を飼い出したことだろう。
雨の日の帰りに、偶然出会ったときのことから始めて、まるという名前をつけたこと、部屋の中で飼っていることなどを話した。
そんな私の話を、真理は出されたポテトフライやカニクリームコロッケなどつまみながら聞いていたが、私がひと通り話し終えた後に真理がぽつりと放った言葉は、ある意味で私の意識を中学校時代に引き戻すことにつながった。
「真理、猫が好きだったもんね……」
もっとも、美里はそう言ったけれど、両親が動物嫌いだったので、実家で猫を飼ったことは一度もなかった。
「えっ?」
「そうだったかな?」と、続けそうになるのを、私はぐっと堪えた。
「だって、ほら、中学校の帰りに、仔猫が捨てられているのを見つけて、真理、その子を家に連れて帰ろうとしたじゃない。だけど、家の人に反対されたとかで、結局家で飼えずに、こっそり餌をあげに行ってたじゃない」
それを聞いた私は、ほんの一瞬、目が点になった。だけど、少しずつ、当時の状況が脳裏に浮かんできて、
「あっ」
と、自分が出した声で驚いてしまったように、肩を大きく上げた。
「ほら、思い出した? あの子のことが心配だからって、真理、お小遣いをはたいて、毎日牛乳やパンとかをお店で買って、公園にいる仔猫にあげていたじゃない」
そうだった、そんなことがあった。美里から、猫好きだって言われて、とっさにそのことを思い出せなかったのは、すぐ先に高校受験を控えていたからだろうか。
いつしか、私は目を細めて、頬杖をしながら当時のことを思い浮かべていた。




