3.第一章 真理 エピソード2
私の名前は、真理。総合病院の法人本部に勤めるごく普通のOL。大学生の頃までは、大都市郊外の実家暮らしに甘んじていたが、どんなことにでも及び腰な私の性格を変えたくて、社会人になると同時に一人暮らしを始めた。
そんな私が今、住んでいるのは、実家から三駅ほど都心寄りにあるワンルーム。本当は、職場の近くで部屋を借りたかったが、都心部の物件はどこも家賃が高くて、私のような安い給料では手が出せなかった。だから、駅から十五分も歩いたところのやや築年数の経ったアパートに住んでいるのは、ある意味で当然の成り行きだった。
一人暮らしを始めて三年目になるが、慣れたとはいえ、誰もいない暗い部屋に帰るのは、やっぱり寂しい。彼氏と付き合っていた頃は、週に何度かは彼氏がここを訪れてくれていたので寂しさが紛れたが、今はそれも叶わなくなってしまったので、ただでさえ寂しい部屋が凍りついたように殺風景に見える。
そんな今の私を慰めてくれているのは、雨の日の帰りにたまたま見つけた猫のまる。初めて会った日に牛乳とソーセージを与えて以来、まるは日増しに元気になっていった。飼い猫のようだったので、元の飼い主のもとに返してあげたいと思い、朝仕事に出かけるときに、「元気でね」と言って、まるを外に出してあげるのだが、私がアパートに帰ってくると、決まって私の部屋の玄関の前に座っていた。
「まる、どうして戻って来ちゃったの?」
そう話しかけながらも、玄関先にいつかれてしまうとまわりの目が気になるので、慌ててまるを部屋の中に入れる。そんな日々が数週間続いて、ついに私はまるを飼うことに決めたのだった。
インターネットで、猫の飼育方法を調べた。猫用のトイレやゲージが必要だったので、近くのペットショップで揃えて、部屋に持ち込んだ。もちろん、夜に人目につかないように。
実家にいたときも含めて、今まで動物を飼ったことがなかった。私は、犬ぐらいまでの動物なら平気だったが、両親がペットを飼うことに反対したのだ。だから、まるがオスなのか、メスなのかも見分けがつかなかった。飼い猫なら十五、六年は生きると言うけれど、まるの年齢もわからなかった。ただ、一緒に暮らし始めてしばらく経った日に、まるがお腹を壊したことがあって、心配になって動物病院で診てもらったら、そろそろ老齢期に差しかかっている猫だと、診察に当たった獣医師から告げられた。ついでにオス猫だということも。
人間で言うおじいちゃんなのだろうが、まるの毛並みには艶があって、とても齢をとっているようには見えなかった。
それに、初めて会ったときもそうだったが、まるは私によくなつく。もともと人を怖がらない性格だったのかも知れないが、私が部屋に帰ると、まるは玄関を入ったところで待っていてくれて、私の足元にすり寄ってきて出迎えてくれている。ご飯を食べるときも、私の隣。ときどき、可愛さ余って、まるを抱きしめながら眠ってしまうことがあるが、まるでふかふかのぬいぐるみを抱いているようで、心がホッと温かくなる。
いつしか、私は、失恋したことなどはとっくに忘れてしまっていて、まるのいない生活は考えられなくなってしまっていた。




